第8話 訪問中

「あの、いま木霊先輩の家から出てきましたよね?それに、その制服……。」




雲の厚みが増し、雨が降らないことが不思議なぐらいどんよりとした空の下、霊夢だまゆめの家を出た俺は、まだ幼さが残ったような、そんな声がした方向に振り向く。




振り返った先には、栗色の髪をした少女が立っていた。




おそらく中学校の制服であろう服を身にまとっており、時間的に考えて今は下校中のようだ。




それよりも気になることは、こいつが木霊の後輩であるということだ。




何か知っているかもしれない、俺は少女に話しかける。




「察しの通りだ。俺は木霊夢と同じ高校に通っている。名前は空波からなみしずくだ。お前は?」




「私は…、林町はやしまちです。木霊先輩とは、如月さんとは一つ下の中学三年生です。あの、先ほど木霊先輩の家から出てきましたよね?木霊先輩には会えたんですか?」




今俺が出たばかりの木霊の家を指さしながら林町は聞いてくる。




「残念だけど会えてない。扉越しに話しかけただけだ。しつこく話しかけたからか拒絶されてしまったみたいだ。」




苦笑いを作りながら俺は考えを巡らせる。




木霊を学校に来させるためには、不登校になっている原因を取り除くのが最も確実で早いだろう。




そのために必要なのは情報。




こいつから木霊の中学時代について詳しく聞き出すべきか。




「林町はなんでここに来たんだ?単に通学路だから?それとも木霊の様子を見に来たのか?」




俺の問いに林町が顔を曇らせつつ、近くに公園があるのでそこで話しませんか、と提案をしてきたので一緒に公園に向かう。




その途中で林町は、ぽつぽつと話し始めた。




「様子を見にきた、で合ってます。空波さんも木霊先輩の様子を見に来たんですよね。やっぱり心配になりますよね。原因がわからないと。」




「まぁ、そうだな。林町は何か引っかかることはないのか?木霊が引きこもる前は会っていたんだろ?」




自転車を押しながら歩いていると、住宅街のなかに、2000平方メートルほどの公園があるのが見えた。




「確か、木霊先輩中3の二学期から様子がおかしくなったような。なんというか、誰かに追い詰められているような、脅迫を受けているんじゃないかって思えるぐらい顔色が悪くなっていたんです。」




公園には、鉄棒とブランコ、滑り台ぐらいしか遊具がなく、それらは隅の方にあったため、公園の中にいた小学校低学年ぐらいの子供たちは、開いているスペースでヒーローごっこをして遊んでいる。




「なんでそんな風に思ったんだ?木霊のお母さんの話だとイジメはなかったらしいが。


もしかして実際にはあったのか?大人たちには隠されていたとか。」




自転車を置き、俺たちは公園内の屋根のついたベンチに座る。




「いえ…、私の知る限りでも木霊先輩が誰かにイジメられているというのは聞いたことないです。」




それぞれが好きなヒーローになりきり、親に悪役をするように頼んだ。




「だけど……、私にはわかるんです。だって、だって、私はいじめられていたことがありますから。」




親は少し嫌そうにしながらも、子供たちのために悪役になりきる。




「中1のときに部活の先輩に試合で勝っちゃって。それが気に食わなかったのか、無視されたり、ものがなくなっていたり、まぁ典型的なやつでした。」




やりたいヒーローが被り、じゃんけんで決めることになった子供たち。




「本当に毎日がつらくて、心の中に重りを無理やり括り付けられたような、自分では取り除くことができなくて、それどころか日に日に重りは増えていって…、もう学校に行きたくない。そう思ったときに、木霊先輩が助けてくれたんです。


イジメの首謀者を窘めて、なんとなくでイジメに参加していた人たちを説得して…、ヒーローみたいでした。」




じゃんけんで負けた子は泣きじゃくる。こっちが良い、そう言いながら勝った子に襲い掛かる。




「だからわかるんです。誰かに追い詰められている人の顔を木霊先輩はしていた!!


自分が体験したことだから、痛いほど、わかるんです……。」




慌てて止める親たち。襲い掛かった子は、冷静になったのか少し顔を青ざめさせて謝る。




僕も好きだから気持ちはわかるよ、と笑顔で許す子。




子供たちは気を取り直して遊びだした。




「なるほどな。」




林町の言葉を聞き終えた俺は、考えをまとめる。




「ところで、二学期に何かあったのか?」




林町も木霊母も三年の二学期から様子がおかしくなったと言っていた。




「いえ、それが本当にわからなくて。


私をいじめていた人と三年生になってから同じクラスになったのは聞きましたけど。


その人たちにイジメられているとかは、なかったはずです。」




本当に原因がわからないな。




少なくとも今まで話を聞く限りだと、引きこもるまでに至った直接的な原因が見えてこない。




だとすれば……。




俺は立ち上がると林町に話しかける。




「今日はこの辺で帰るわ。林町は明日学校で情報を集めてくれ。」




とはいえ、林町が一番怪しんでいる奴らはすでに卒業しているわけだが。




すると困惑したように林町が質問してくる。




「あの、木霊先輩の様子がおかしくなった原因が、今の学校にあるとは思えないんですけど。」




遠回しに、犯人は自分をイジメていた相手じゃないかと言う林町。




「一応だ、一応。原因の予測は大体ついたから。」




俺の言葉に林町は驚く。




「え!わかったんですか!」




「あくまで予測だから。明日、木霊に直接聞いて正解だったらいいなぐらいのものだ。」




「そうですか…。…?だったら私が情報を集めるのって。」




「外した時の保険だな。とはいえ、情報が集まらなくてもいい。そしたら逆に俺の予測が当たっている可能性が上がるから。」




自信満々な俺の言葉を受け、林町はおずおずと聞いてくる。




「ちなみに、思いついた原因って何ですか?」




「木霊が引きこもっている原因は外側からは見つからなかった。ということは内側に原因がある可能性が高いってことだ。」




「それって。」




林町の言葉に俺は笑みを浮かべながらこう言った。




「原因は木霊夢。」










次の日、雨が降っている中カッパを着て木霊の家へと向かう。




今日も今日とてペアワークペアワーク。馬鹿の一つ覚えみたいにやりやがって。




少し怒りを込めながらペダルを踏みこんだ。






木霊の家まで来ると、カッパを自転車にかぶせるように置き、昨日と同じようにインターホンを鳴らす。




はーい、とインターホン越しに声が聞こえると、玄関に向かって足音が近づいてきて扉が開く。




家の中は引き戸ばかりなのに、なぜ玄関だけは開き戸なのか。




家の中に入った俺に木霊母は声をかける。




「こんな雨のなかわざわざ来ていただきありがとうございます。」




「いえいえ、僕も木霊夢さんと話がしたいですし。そういえば昨日帰るときに林町美央さんと偶然会いまして。いろいろ話を聞かせてもらいました。」




俺の言葉に驚いたように目を開くと、木霊母は声を出す。




「林町さんですか。夢が話していたので名前だけは知っています。………、もしかして彼女が何か知っていたとか?」




「いえ、詳しいことは知らないようでした。ただ、ヒントになりそうなことは言っていたので、今日は木霊夢さんにそのことを話して答え合わせでもしようかなと。」




「そうですか。少しでも正解に近づけるといいんですけど。それではお願いします。」




すんなりと木霊と話させてくれるそうだ。




昨日木霊から拒絶されたから、木霊母に止められるかもと思っていたが。




想像より話をしていないらしい。




俺は二階に上がり木霊夢の部屋まで向かう。




「昨日言っていたように今日も来たぞ。」




当然のように返事がない。かまわず俺は話を続ける。




「昨日は林町とも話をしてな。そこから拾えた情報から、お前が今引きこもっている原因を予測してみたんだが聞いてくれないか?」




返事はない。




「じゃあ言うぞ。三年になったお前は、二年の時に林町のことをイジメていたやつらと同じクラスになった。そいつらとしては面白くないだろうな。一年前に自分たちの邪魔をしたやつと三年という重要な時期に同じクラスになるなんて。ストレスを感じるはずだ。」




これも返事がない。




「とはいえ、林町が言うにはお前に窘められただけでイジメをやめたような奴らだ。


悪いことだという自覚は持てたし、反省もしていたのだろう。だけど頭では理解できても心は別だ。気に食わないやつ、そいつらはお前のことをそんな風に思った。」




やはり反応がない。




「イジメとまではいかない。せいぜい口が少し悪い程度、あるいはからかう様に、ちょっとしたイタズラをしてストレス発散をしていたのかもしれない。ともかく、本来なら問題にはならないほどの小さなことだったのだろう。だからお前がイジメられているとは、大人も生徒たちもお前すらも思わなかったわけだ。もしイジメだと思ったならばお前は抗議するだろうからな。」




少し物音がした。




「だけど、三年生だ。受験生だ。お前が受験した蒼昊そうてん高校こうこうはそれなりに偏差値が高い。


おそらくお前は受験勉強にストレスを抱えていたんだろうな。そんな中、何度も何度も学校内でちょっかいを受ける。ストレスが積み重なっていくが一つ一つは大したものではない。なかなかSOSが出せなかったお前は近しい人間にはわかる程度に顔色を悪くしていった。」




物音がかすかに聞こえる。




「受験が終わればストレスも緩和されると思ったのだろう。だからそれを目標にしていった。そして受験が終わり、お前は重りを一つ外れせたわけだ。心が軽くなったお前は安心したように眠ったのだろう。」




物音が大きくなった。どうやら当たりか。




「張りつめていた状態から解放されたお前の心は、歯止めが緩くなったのだろうか。


ストレスを与えていた相手に対して憎しみを感じた。」




扉の方に足音が近づく。




「おそらくでストレスを与えた奴らを傷つけたんだろ?それも生々しい感触すら覚えてしまうほど、夢と現実の区別がつかないほど。」




勢いよく引き戸が開かれる。




そこには金髪の輝きを失い、目の下にはクマができている、とても健康そうには見えない女が立っていた。




「どうして…。」




どうしてわかったのか、木霊は弱弱しく聞いてくる。




「あまりにもお前が引きこもる理由がわからなすぎた。だから原因を知っている奴は限られているんじゃないかと思ったんだ。例えばお前だけとか。」




部屋の中を覗く。カーテンは閉められ外部のことが見えなくなっている。机の上には筆箱やノート、教科書などが置かれており勉強はしているようだ。




やはり高校にはいきたいと思っているのか。




「お前は母親に『高校に行きたいけど、行けない』と言っていたらしいな。だとすれば自発的に引きこもっているわけではない。自分では制御できない問題があったはずだ。他人が直接的な原因ではなく、自分しか知らない自発的でないこと、真っ先に考えられるのは夢だな。」




木霊は小さくうなずく。




「夢はコントロールできない。そんな夢の中で人を傷つけることを経験してしまったお前は、自分の中に眠る狂気性を感じ取った。もしかしたら、現実でも同じように人を傷つけてしまうかもしれない。そんな恐怖でお前は人と会えなくなった。」




俺の言葉を受けた木霊は気持ちを吐露するように呟く。




「そうだよ…。起きた時に夢だと分かってホッとした。だけどあまりにも鮮明で、夢とは思えなかった。本当は殺してしまったんじゃないかと思ってニュースを探したりもした。結局は夢だったわけだけど、あたしは人を殺してしまうんじゃないか、そんな思いに駆られたら、人と会うのは危険だと感じて、閉じこもるようになったんだ。」




林町が感じた、誰かに追い詰められている、というのは『自分の狂気性』に対してだろう。




それにしても「殺したんじゃないか」か。思っていたよりもやばいな。




たかが夢と思うかもしれないが、その恐怖は味わった本人にしかわからないものなのだろう。




さて、どうやって学校に来させるか。




「別に夢の中だけだ。実際お前はちょっかいをかけられても、相手を傷つけたりはしていないんだろ?」




俺の言葉に木霊は激昂する。




「あんたになにがわかるんだよ!!怖いんだよ!ストレスを感じたら人を刺し殺す夢を見るあたしが!刺し殺した時に一瞬高揚してしまったあたしが!この狂気を現実で振り向くかもしれないんだ……。いやだ、嫌なんだ。




……!もう帰ってくれ!もう来ないでくれ……。お願いだから………。」




そこまで言うと引き戸を閉め、完全に拒絶する木霊。




一瞬見せた驚くような顔。まさか。




とはいえ、今日は無理だな。




月曜日にまた来るか。




一階まで下りると、先ほどの大声が聞こえたのか木霊母が心配そうにこちらを見てくる。




木霊母を安心させた後、俺はいえを出て帰路についた。




雨は降りやむ気配がない。




しかし、永遠にというわけではない。

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