第7話 訪問序

早乙女さおとめみどり先生のパソコンから、不登校の木霊夢こだまゆめの住所を盗み見た俺はその日の放課後、早速木霊の家へと向かう。




高校から自転車で25分ほどの場所に木霊の家があった。




何の変哲もない、ごくごく普通の一軒家だった。




俺の家とは反対方向にあり、帰るのが面倒だと思いつつ、インターホンを鳴らす。




「はい。どちら様でしょうか?」




警戒したような40代ぐらいの女の声が聞こえてくる。




「私は、蒼昊そうてん高校こうこうに所属している空波からなみしずくと申します。


木霊夢さんとは同じクラスでして、皆木霊さんのことを心配しているので、クラスメイトを代表して木霊さんと話をするために来ました。」




慣れない敬語を使いながら、おそらく母親であろう人物の警戒を解こうとする。




すると、女は声を和らげて言葉を発す。




「娘のクラスメイトでしたか。早乙女先生から先ほど電話をいただいています。今から玄関に向かいますので少々お待ちください。」




女の言葉に俺は驚く。




どうやら早乙女先生は、俺がおの一瞬で住所を見たことに気づいていたらしい。




本当に。見ていすぎて少しキモい。




そう思いながら待っていると、家の中から足音が近づいてくる。




扉が開き、中からは予想通り40代ぐらいの金髪の女がでてきた。




「どうぞ、はいってください。」




女からの言葉を受けて、俺は中に入る。




玄関の先には、引き戸がありその中にダイニングやリビング、和室が広がっていた。




部屋同士は引き戸で仕切れるが、開けることでかなり広い空間が生まれている。




古き良き日本の家の良さと、現代的な造りとが一体となっている。




「良い家ですね。」




「ありがとうございます。」




俺の言葉に女が返す。




「申し遅れました、私は木霊明奈こだまあきなと言います。本日は娘のために来ていただきありがとうございます。」




まるで俺のことを家庭訪問に来た担任のように、丁寧な言葉づかいで話しかけてくる。




ダイニングにあったテーブルに座るように促される。




木霊母は、二人分のお茶を用意すると、俺と向き合うように座った。




「早乙女先生は、電話越しでまだ数回しか話していないんですけど、娘の問題にやさしく真摯に向き合ってくれているのでとても信頼しているんです。


今日は、如月さんという方が娘のために来てくれると、頼りになる人だから相談してみてくださいと、言われました。」




どうやら、早乙女先生の紹介だからここまで丁寧らしい。




俺の暴走をうまくフォローしてくれたことに感謝しつつ、早速木霊夢のことを聞く。




「話しにくいことではあると思いますが、木霊夢さんがどうして学校に来ないのか、その理由を教えていただけませんか?」




俺の言葉に先ほどまでの乾いた笑顔をやめ、深刻そうな面持ちで木霊母は言葉を紡ぐ。




「娘は…、夢は、中学三年生の二学期あたりから強いストレスを抱え始めていたと思います。心配になって夢に何かあったのかと聞いてみましたが、高校受験が思ったより大変だから、と言われました。


その時は納得したんですけど受験が終わってからも…、というより受験が終わってからさらに酷くなっていきました。」




そこまで言うと木霊母は、乾いた唇を潤すようにお茶を飲む。




器を持つ手はかすかに震えていた。




「最終的には部屋に引きこもるようになってしまい……、それだけ受験が大変だったのか、それとも他の原因があるのか、夢に聞こうにも話をしてくれません。」




さらに言葉を続けてくる。




「中学校の卒業式にも参加しなくて、私たちは夢のことが心配なのに何もしてあげられなくて…………、そんな時、高校から合格通知が来ました。ポジティブな話題を聞けば夢の気持ちも楽になるかと思ったんですけど、そんなことはなく。」




さらにお茶を飲む木霊母。




「もしかしたら、学校が嫌いになったのかもしれない、そう思って扉越しに夢と話をしました。




高校に行かないという選択肢もある、カウンセリングを受けてみてはどうか、何か好きなことを見つけるのも良い、いろいろな選択肢を提示して夢が少しでも前向きになってくれれば良いと、その一心で話しました。」




嗚咽の混ざった声にになりながらも、木霊母は話を続ける。




「そうしたら、そうしたら、夢から返事が返ってきたんです。




『本当はみんなと一緒がいい。高校に通いたい。だけど、だけど、動けないの。出れないの。人と会うことがどうしても怖い。』




そう言っていたんです、震えた声で夢が!!私たちはどうして夢がそんな考えを持ったのか知らない!夢がやりたいと言っているのに手助けできない!そんな無力感を感じながら今日まで来てしまいました。」




一度大きく息を吸い話を続ける。




「夢は理由について話そうとしない。中学校で何かあったのかと思い調べてみました。


だけどイジメは起こっていなかった、夢が閉じこもってしまう理由を私たちは見つけられなかった。




…………、親失格ですよね。娘の気持ち一つ理解できないなんて。」




そこまで言うと、自嘲気味に笑いながら木霊母は話を終えた。




かなり長い話だったが、得られた情報は大したことないな。




やはり本人と話さないことには始まらないか…。




「木霊夢さんと話をすることってできますか?」




俺は神妙な顔をつくって木霊母に話しかける。




「はい、扉越しでなら。ただ、夢が返事をしない可能性があるということは覚えておいてください。あと、あまりきついことを言ったりするのは…、」




「気を付けますので安心してください。」




過保護に言う木霊母の言葉を遮り、俺は部屋へ案内するように促す。




木霊母は立ち上がると、二階までついてくるように言ってきた。




階段を上り短い廊下を歩くと、一番奥の部屋の扉の前までついた。




「ここが夢の部屋です。」




そういうと木霊母は一階に戻っていった。




話をするのに邪魔になると思っていたから正直ありがたい。




木霊母の後姿を見送った後、木霊の部屋に改めて顔を向け、話しかけてみる。




「俺は、お前と同じクラスの空波雫だ。」






手始めに自己紹介をしてみたが反応がない。


扉は引き戸になっていて俺の目線あたりには、ガラスがついている影響で他の部分と比べるとへこんである。




ガラスから中をのぞきたいところだが、曇りガラスになっているため中が見れない。




「なんで学校に来ないのか、理由を教えてくれないか?」




直球で聞いてみるが、やはり反応がない。




「今日の夜には雨が降るらしいぞ。締め切ったままだと空気がジメジメしてこないか?」




話題を変えてみても返事がない。




どうにかして反応を引き出せないと埒が明かない。




嬉しい、怒り、面白い、辛い、何でもいいから感情的にさせて情報を得たい。




「学校には行きたいらしいな。だったらいけない原因を解決したいんじゃないのか。」




そこまで言うと初めて返事が返ってくる。




「……………………、うるさい。」




反応した。何に?俺が話し続けていたことに?それとも原因の解決という話に?




とはいえ、さきほどの声からくみ取れた感情は『拒絶』。


これは今日は無理だな、そう思って今日すべきことを選択する。




「明日も来るから。」




そう言うと俺は一階まで下りた。




「すいません。すぐに解決しなくて。」




「いえいえ、ゆっくりと夢が答えを見つけてくれればそれでいいので。本日はありがとうございました。」




「こちらこそ、ありがとうございました。あと、わざわざ家まで押しかけてすいませんでした。…、明日も来ていいですか?」




「ぜひお願いします。」




木霊母との会話を終わらせると俺は玄関まで行き、家を出た。




今日するべきことは情報を集めることだ。




これから木霊が通っていた中学校に行ってみるか。…、どこか知らないけど。




また戻って木霊母に聞いてみるか、そう思ったとき、




「あの、いま木霊先輩の家から出てきましたよね?それに、その制服……。」




栗色の髪をした中学生ぐらいの少女に声をかけられた。






まだ、雨は降らない。






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