第6話 席替え、そして

八神颯やがみそうが生徒会長の夜桜よざくら千草ちぐさのことを好きだと分かった次の日、俺は会長と二人で話しながら、日差しを浴びつつ四階の渡り廊下を歩いていた。




「八神の奴、宿題をやってなかったらしくて昼休みは図書館に籠っているらしいぞ。」




「どれだけ教室にいたくないんだよ…。それに慌てるぐらいならやらなかったらいいだけですよね、宿題。」




「その考えはおかしいだろ…。」




校舎に入り、階段を下りる。




「八神って今まではどんな態度だったんですか?特に最初のころとか。」




「かなり尖ってたな。特に先輩に対してはあまり関わろうとしていなかった。


私には優しい対応をしていたけどな。やっぱり人格がいいのだろう。私の。」




自分のことを褒めて上機嫌になる会長。




話を聞く限りだと、ほぼ一目ぼれしたと見ていいだろう。




一人になりたいと階段まで来たのに、そこには自分の嫌いな女がいた。




だけど、一目ぼれをしてしまい…、みたいになって今でも昼休みはあそこに行くことになったのだろう。




「ちなみに会長はなんで一年生の時、階段に行ったんですか?」




「校舎を見て回っていたら、先輩、今年卒業した人なんだが、あの人と偶然階段で会って仲良くなったからだな。八神や空波からなみみたいに人間関係に疲れたから~、ではないぞ。」




「しょーもない理由なんですね。」




「八神に比べたら、空波も私もしょーもないだろ…。」




あれが暗すぎるだけか。




そんなことを話していると1年1組の教室までついた。




「それじゃあ、またな。」




「はい。また今度。」




会長は自分の教室に戻っていく。




俺も教室の中に入ろうとしたら、一人、こちらを見て震えている奴がいた。




こいつは確か…。










高校生になって2週間が経った。




「それでは、今から席替えのくじ引きの結果を発表します。」




放課後、学級委員になった月見里つきなし才さい華かが学生にとっての、ちょっとしたイベントの結果を告げられる。




プロジェクタースクリーンに映し出された画像には、昨日のくじ引き結果をもとに、新たな座席の場所が書かれていた。




俺は廊下側から見て、一番奥の一番後ろ。




後ろには掃除道具が入ったロッカーがあって、嫌な場所なんだが…。




席替えにとって重要なのは、場所ではない。隣の人間だ。中の悪い奴、愛想の悪い奴、苦手な奴…そんな人と数か月間授業のたびに話さないといけないのは苦痛だ。




俺は、自分の隣の人物の名前を見る。




そこには『霊夢だまゆめ』と書かれていた。




あれ?こいつって…。








次の日から席が変わった。そして思い出す。木霊夢って、この2週間一回も学校に来てない奴じゃねぇか。




授業のペアワークどうするんだよ。




とはいえ、そんなにペアワークばかりはしないか。




一時間目、現代文。




「それでは、なぜ筆者がこのようにかたったのか、2、3人で話してください。」




はい。ですよね。




とはいえ、焦る必要はない。




さきほど先生が言っていたように3人で、つまり前のペアに入れてもらえばいい。




俺は前の二人に声をかける。




「隣来てないから、話に入れてもらってもいい?」




「絶対、嫌。」




俺の前にいたのは入学式の時、俺がボロクソに言った松下八まつした愛やえだったらしい。




まぁ落ち着け俺。前が駄目なら横だ。隣のペアに入れてもらおうと体を動かす。




「がるるるるるる!!」




漫画みたいな拒絶反応を示された。




こいつは確か生徒会長のことが好きな奴。名前はまだない。




お前が敵対すべきは八神だろ。




この前俺が会長と二人で歩いていたのを見て誤解してしまったらしい。




誤解を解こうにも聞く耳を持ってくれない。




視界の端で松下が笑っているのが見える。バカ努力のくせに。




落ち着け、落ち着け俺。前も横もだめなら斜めだ。




斜め前にいるペアに声をかけるために俺は席を立ち、歩き出……、




「おい、空波。3人でもいいとは言ったが、仲いい奴のところに行こうとするな。


ちゃんと近くの奴とコミュニケーションをとれ。」




…は?








「木霊の住所が知りたい?なんで?」




昼休み俺は早乙女さおとめみどり《みどり》先生のところまで行き、木霊の住所を聞き出そうとする。




クソ教師ども、馬鹿の一つ覚えみたいにペアワークばかりやらせやがって。




休んでいるのは木霊だけ、他にペアがいない生徒はいない。




だけど、席移動はやっていいだろ。あいつらが拒否してくるんだよ。




席移動できない、近くの奴らには拒否られる、だからペアワークするのを諦めたら、「ちゃんと話せ」と怒ってくる。




お前らはちゃんと見ろよ、生徒のこと。




グチグチと不満を感じながら早乙女先生に言葉を向ける。




「木霊さんが、入学式のころから学校に来ていないのが心配で。何か問題を抱えているなら、クラスを代表して手伝いに行きたいんです。」




席が隣になったことを理由に、俺は全く思っていないことを口にする。




本当は俺のために無理やり引っ張り出してやる、という気持ちしかない。




「流石に言えない。個人情報だ。お前の気持ちが本当ならうれしいことだができないものはできない。」




やはりというべきか、断られた。




というかこの言い方、俺が本心で言ってないことに気づいているのか?




だとすれば他の馬鹿どもよりも生徒のことをよく見ている。




だけど、本当はこの問答は、既に意味がなくなってる。




ここに来た時、早乙女先生のパソコンには一瞬だけ木霊の情報が映っていた。




担任なのだから、不登校の生徒のことは気になるのだろう。解決方法を模索していたのかもしれない。




その一瞬のうちに俺は木霊の住所を見て覚えた。




俺は興味のあることだけは記憶力がいい。




先ほどまでの会話は、住所を見たことを悟らせないために行っただけだ。




どのみち今日の放課後には木霊のところに向かう。




「そうですか。では仕方がありませんね。無理なことをお願いしてすみませんでした。」




「気にすることはない。お前の気持ちは喜ばしいものだからな。木霊のことは私に任せておけ。」




「はい。ありがとうございました。」




そういうと俺は職員室を後にした。




今日の夜は雨が降り出しそうだと、廊下の窓の外を見ながら俺は思った。














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