第4話 イケメン先輩、階段にて

校門の横にある桜の木が花を散らせ始め、葉桜へと移り変わろうとしている様子を見ていると、高校生になって12日が経ったことを改めて感じられた。




そんな桜の木からは影が伸びておらず、雲が太陽を隠していることを教えてくれる。




黒本一くろもとはじめの自己紹介のせいで、俺に相談しに来る生徒が日に日に増えていく。




最初は数人だけだった。




それも簡単なものばかり。




だから相談に乗ってしまった。




しっかりと適切な対処法を示してしまった。


それがいけなかった。




「空波君に相談すれば悩みが解決する」いつの間にかそんな噂が立っていた。




授業後も昼休みも放課後も、時間があれば誰かが相談に来る。




「宿題写させて!」


俺もやってねぇよ。




「俺、生徒会長のことに一目ぼれしちゃったんだよね。何とかして仲を取り持ってくれない?」


するわけねぇだろ。




「ペットがいなくなっちゃって、どこにいるかわかる?」


知ってるわけないだろ。




などなど。俺の時間が無くなる。こんなどうでもいいことで。




放課後はすぐに帰ればいいだけだが、昼休みが面倒だ。




教室で昼ご飯を食べていても、食堂で食べていても誰かが相談に来る。




そこで、静かに昼ご飯を食べられる場所を探すため、学校探検も兼ねて俺は校内を見て回ることにした。








中庭はかなりの人がいる。




体育館裏では告白の邪魔をしてしまった。




便所飯は普通に嫌だ。




………………………………。






気づけば、グラウンド側の校舎の四階まで来ていた。




別の校舎には1~3年生の教室があるため、何階でも人が大勢いるのだが、こちら側は誰もいない。




まるで、自分だけがこの学校に残っているような、そんな感覚に陥ってしまうほど静かな廊下を歩く。




どこかにご飯を食べられる場所はないかと探していると、不意に人の気配を感じた。




その気配の場所を探ると、屋上につながる階段のほうに誰かがいるのがわかる。




なぜこんな場所に?




自分のことは棚に上げて疑問を浮かべながら、階段に向かう。




そこには、一人の男が一番上の段に腰を掛けて弁当を食べている姿があった。




その男は、俺に気づくと怪訝さ顔を浮かべ、食事していた手を止め聞いてくる。




「誰だお前?」




不機嫌そうな、不愉快そうな、そんな声。




空波からなみしずくだ。あんたは?」




俺が言葉を返すと、さらに機嫌が悪くなり、




「名乗るわけないだろ。さっさとどこか行け。」




と、言って食事に戻った。




こいつ態度悪すぎだろ。




だけどそんなことがどうでもよくなるぐらい衝撃的なものが目に入る。




顔が美しすぎる。




イケメンなんて言葉があるが、そう呼ばれている奴らですら、この男の横に立ったら霞む。




この男が上で、それ以外が下。




そんな馬鹿馬鹿しい指標が、まったく笑えないほどに現実味を帯びている。




ここまで考えが巡ったあと、俺は階段を上がり、この男の横に座る。




階段の上は使う人がいないからか、埃っぽい。




これは何度も来るなら掃除が必要だな。




上がってきた俺に驚いたようにして男が声を挙げる。




「なんで上がってきてんだよ!さっさと降りろ!どこかへ行けと言ったはずだろ。」




「『どこか』がたまたまここだっただけだよ、ぼっちイケメン。なんでこんなところで弁当食ってるんだ?」




そう言いながら俺は手に持っていた自分の弁当を開き、食べ始める。




「何食べ始めるんだよ!消えろ!」




言葉が強くなっていく男。




「名前を教えてくれたら考えてもいいけどなぁ、モブA君。」




俺の言葉に舌打ちしたあと、少し考えてからしぶしぶ男は声を出す。




「……八神銀だ。これで満足か?だったら降りろ。」




名前までイケメンなのかよ。イケメンの擬人化じゃないか。性格以外。




俺は八神の言葉を無視して、食事を進める。




「おい!名前言っただろうが!」




「さっきからうるさいなぁ。その『!』つけるのやめろ。」




「おい。名前言っただろうが。」




俺の言葉を律儀に守る八神。実は可愛げのあるやつなのかもしれない。




そう思いながら、俺は考えていたことを声に出す。




「お前、ここで一人で食ってるということは、誰かがいるところにいたくない理由があるんだろ。あててやろうか?」




挑発的にそう言うと、八神が声を荒げる。




「というかなんでさっきから上からなんだよ、お前。さっき空波雫って言ったよな?


俺のクラスの奴らが、お前の名前を口にしていたのを思い出した。


『なんでも相談に乗ってくれる新入生がいる』って話だったはずだ。


だったら後輩だろ。俺は2年生だぞ。敬語使え、敬語。」




声を荒げずに声を荒げる。そんな矛盾をはらんだことをやってのけたのに、素直に感心していたら、聞き捨てならないことが聞こえてきた。




二年生にもそんな噂が立ってるの?




…………絶望。




気を取り直して、八神に声をかける。




「先輩だったんですね。気づかなかっ、ませんでした。ところで、さっき俺が言った、お前が一人で弁当食ってる理由なんだが、」




そこまで言うと、八神が口をはさんでくる。




「まてまて。なんだその気持ちの悪い話し方は。」




「敬意を払うべきか、払わないべきかで、心が揺れているからだなです。」




「払えよ、敬意。」




「わかった。そうするわ、八神。」




「おい、コラ。」




そんな馬鹿らしい会話をしていると、八神の口角が若干緩くなったのがわかった。




考えていたことと少し違うな。




俺は先ほどまでの考えを修正する。




「八神は、モテすぎてるんじゃないか?それが鬱陶しく感じたから、一人になりたいと思って、こんな場所で昼食をとっている。そうだろ?」






俺の言葉に八神が驚く。それを無視して俺は言葉を続ける。




「モテるといっても、女と一部の男だけだ。他の男と仲良くすればいい。


だというのに一人だけということは、男からは嫌われているんだろう?


なにしろお前の隣にいてもモテるのはお前だけ。


仮に自分の好きな人がお前に恋愛感情を抱いてしまったら、そんな考えが巡ってしまった、というより、実際に起こったことなのかもな。


だからお前と仲良くしようとする男が誰一人としていない。」




俺の言葉を聞いた八神は、目線を落とし暗い声で語りだす。




「そうだよ、お前の読み通りだ。俺は昔から顔が良かったからな。それはすごくモテたよ。


最初はうれしかった。みんなから愛されて幸福感に包まれたよ。」




今まで溜まっていた気持ちを吐き出すように言葉を続ける。




「だけど、だんだんと気持ち悪くなってきた。死肉に群がる蠅のような、そんな風に俺に言い寄ってくる女が見えてきたんだ。」




八神に言い寄る女を「蠅」と認識しているが、それと同時に八神自身を「死肉」と形容しているのは、無意識からなる自己嫌悪か。




「どんなにやめるように言っても、強く拒絶しても、『照れていてかわいい』、『ツンツンしてるのかわいい』みたいなことを言ってきて、まるで話が通じない。」




強制的に『恋』という洗脳をかけてしまう呪いの容姿。




そしてそれは、多くの敵を生む。




「昔は仲良かった男友達がいたんだ。小学生の時からの友達で中学生になってもよく遊んでいた。


だけど思春期になったそいつは恋をした。俺はそれを応援していたんだ。


親友だと思っていた。だから幸せになってほしいって!なのに、なのに!




…………、そいつが好きな人が俺に告白してきた。


そのことを知ったあいつは、今までの友情がなかったみたいに俺を攻撃してきた。


『こいつは人の好きな人に手を出すクズだ』そんな風に他の男に話して俺をいじめてきたよ。


告白されただけなのに。俺はしっかり断ったのに!!」




気持ちが高ぶったのか、声の大きさがどんどん上がっていく。




「高校生になって少しは変わると思った。新しい人間関係。


中学の時よりも大人になったのだから、俺に対する評価も大人しくなるものだと期待していた。




だけど変わらなかった。


女は気持ちが悪いほど群がり、男はそれを見て俺を嫌う。




少しでも一人になりたくて、少しでも楽になりたくて、いつもここで昼休みを過ごしてるんだ……。」




話し終えた八神の目には涙がうっすらと見えた。




「そうか。」




一言、俺は言葉を発した後、八神の背をさする。




八神は寂しかったのだ。男は敵対してくるし、女は八神の心を曇らせるだけ。




対等で仲の良い友達。そんな普通のものが手に入らない人生。




それが苦しかったのだと、辛かったのだと誰かに話したかった。




今日の天気予報は曇りだったか。降水確率は30%。




外を見れば今にも雨が降りそうだ。だけど、




「残念なことに、俺は好きな人ができたことがないな。」




八神が顔を上げる。




「もし仮に、今後好きな人ができたら、誰が相手だろうが手に入れる。


俺の話を聞いたなら知ってるだろ、俺は天才なんだ。興味が持てた時点で誰にも負けない。」




俺の言葉に八神がおかしそうに笑う。




「それは傲慢だろ。だけどそうか…、そうなんだ。だったら俺にも勝てるのか?


恋愛においては最強だぞ?俺。」




八神はからかうように、安心したように微笑みを浮かべる。




「負けるわけないだろ。拗らせぼっちイケメンなんかに。」




「お前、それは言いすぎだろ……。」




あきれたような表情を浮かべた八神。そのあと二人で声を上げて笑う。




こいつとは仲良くやれそうだ。




いつまでも景色の変わらない曇り空は、それでも静かに動き続けていた。


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