第3話 凡人男許すまじ

朝7時15分、俺は暑さで目を覚ます。




四月だというのにどうしてこんなに暑いのか。




最近の気候は変化が激しすぎて嫌になる。




汗で湿ったパジャマを脱いで軽く体をふいた後、制服に着替える。




顔を洗い、冷蔵庫に向かう。




昨日作る量を間違えて余りを冷蔵庫に入れていた晩御飯を、今日の朝ごはんにした。




歯を磨き終えた後、時計を見れば長い針が12ちょうどを指していた。




昨日のことを振り返れば8時15分、いや、20分に出ても間に合うだろう。




とはいえ、暇だ。これから約20分ほどすることがない。




仕方がなく、散歩でもしようかと外に出る。




昨日はこの時間帯になると丁度よい気温だったのだが、今日は暑い。日射しが強く、肌がジリジリとしてくる。




そんな太陽の下、満開となった桜の花が美しく咲き誇っている。




これは散るのはまだまだ先だな。そんな風に思っていると、十七夜かのうももがジョギングから戻ってきているのが見えた。




「おはよう~。今日は急いでないんだね。それに昨日より早く出てきてるし。」




桜の木の下に入ってきた十七夜が声をかけてくる。昨日のことに対する嫌味にも聞こえるが、まさか彼女に限ってそんなことはないだろう。




「おはようございます。今日は朝暑かったんで、昨日より早く起きてしまいました。


学校までは思ったより時間がかりませんでしたし。昨日はすぐに話を切ってすいませんでした。」




俺は一応謝っておく。




「そうなんだ~。全然気にしてないから謝らなくていいよ。


ところで今日は時間があるってことだよね?少し話さない?」




彼女の言葉を受けた俺は、スマホを確認する。時刻は8時10分、あと10分ぐらいならいけるか。




「いいですよ。」




短く返すと、彼女は笑顔で話を降ってくる。




「如月君は学校慣れそう?困ったことがあったら私に相談していいからね。」




弟のことを心配する姉のような彼女の言葉。




この人はこの人で面倒見がよさそうだ。




「まだ2日なんで慣れてはいないですけど、困ったことは今のところありませんね。話し相手もできましたし。ただ、もし困ったら相談させてください。」




当たり障りのない言葉で返事をしておく。実際に相談することはおそらくないだろう。




「その時は任せてね。」




「十七夜さんは大学生活に慣れてきましたか?」




俺の問いに対して十七夜は笑顔で答えてくる。




「実はまだ授業が始まってなくって。毎日毎日、説明ばっかしなの。だけどね、昨日新歓に参加してサークルに入ることにしたから、これから楽しくなるぞ~ってすごくワクワクしてるの。」




嬉しそうに、楽しそうに、俺の顔を見上げながら語ってくる十七夜は、今いる場所も相まって桜の妖精なのかと錯覚するほどかわいかった。




ところで、しんかん?しんかんってなんだ。早速困ったことが出てきてしまった。




前言撤回して聞いてみるか。幸いにも、「相談しない」と口に出したわけではない。




だったら前言撤回っていうのはおかしいのか?




そんな風に考えていたら突然十七夜が、吹き出すように笑った。




その様子に疑問符を浮かべていると、十七夜が謝りながら口を動かした。




「さっき散った桜の花が、空波からなみ君の頭の上ばかりに落ちるのが面白くて。」




俺は自分の髪を触る。確かに花びらが何枚もついている。




その花びらを頭から払ったら、もったいなさそうな表情を浮かべた十七夜が、




「可愛かったのに。」




と頬を膨らませて抗議してくる。可愛いのはお前だ、馬鹿たれ。




ふと、話に集中して時間を気にしていなかったのを思い出す。




スマホを取り出すと画面には8時23分の文字が映っていた。




「すいません。そろそろ行かないといけないみたいです。」




「そうなんだ。こっちこそごめんね。長く引き止めちゃって。」




十七夜と別れ、俺は学校へと向かった。










8時40分、チャイムが鳴っている間に教室に入った俺は、早乙女先生から「ギリギリ間に合ったな。」と笑いながら言われた。




チャイムが鳴った瞬間アウトなのか、鳴り終わるまではセーフなのか。先生によって判断基準が違ってくる、特に時間ギリギリに来る生徒にとって、かなり重要なこの問題。




早乙女先生は後者の優しい方だったか。俺が座ったのを確認すると、先生はしゃべりだした。




「今日が、授業前最後の日だ。来週からは本格的に授業が始まっていく。」




生徒の中から不満げな声が上がってくる。「その気持ちはわかるぞ。」と学生時代を思い出したのか、生徒たちに共感を示しながら話を進める。




「今日は、学校案内とクラス全体での自己紹介を行う。」




そういうと、先生は黒板の上に備え付けられているプロジェクタースクリーンを引っ張り出す。




裏面が磁石になっているのか、黒板にきれいに張り付いたスクリーンに、教室の天井に備え付けられたプロジェクターからの映像を映す。




スクリーンには学校の見取り図が映し出された。




「すでに学校の中を見て回ったという者もいると思うが、これがこの学校の全体像だ。


あぁ、別に写真にとる必要はない。先ほどお前たちのタブレットにも同じものが送信されたはずだ。」




先生の言葉を受け何人かが、自身のタブレットを開き確認しだす。




それを後目に先生は話を続ける。




「今日は、この中でも今後利用する機会が多い場所に直接行く。それでは、全員廊下に並んでくれ。」




利用する機会が多い場所、つまりは移動教室の場所だ。マップを見ただけでは迷ってしまう生徒も出てくるだろう。




そうでなくとも、慣れておくことで初めての授業に対して、心のゆとりが生まれてくるだろう。




廊下に出て出席番号順に二列で並んだ後、先生を先頭にして各教室を見て回る。










一通り見て回った後、1年1組の教室に戻ってきた俺たちは休憩に入る。




「休憩が終わったら、一人ずつ自己紹介をしてもらう。この休み時間中に何か考えておいてくれ。」




先生の言葉が終わると、教室は一気に騒がしくなる。




「自己紹介って誰からいうのかな?やっぱり1番から?」




後ろの席の黒本が話しかけてくる。




「いや、あらかじめ36本の、上が1~36を順番に下は1~36をランダムに並べた、線を用意しておき、誰かに1~36の中で好きな数字を言わせて、出た数字を上に対応させ、その下の数字の奴から言わせるんじゃないか?その後は、前か後ろに進んでいくみたいな。」




「それも勘?」




「勘」




黒本は昨日の俺の言葉が当たっているかどうか、確かめようとしているらしい。




「それより、自己紹介って、なにを言えば良いんだ?」




俺は黒本に疑問に思ったことを聞く。




「そこまで考えなくていいんじゃないか?自分の名前と、趣味とか好きなこととか。


クラスメイトに最低限、何を知っておいて欲しいかで決めればいい。例えば、趣味とかだったら共通の趣味持っている奴と仲良くなれるかもしれないからな。」




なるほど。黒本、昨日の件で考えが足らない馬鹿だと思っていたが、そうではないらしい。心の中で謝っておく。




そんな風に話していたら、授業開始のチャイムが鳴った。




「それでは、自己紹介をしていってもらう。最初は、そうだな……、如月、好きな数字を言ってみろ。」




突然先生にあてられた俺はすぐに答えた。




「11」




「そうか、では……!すごいな。この紙の通りにやったら出席番号8番の空波、お前になった。では自己紹介をしてくれ。その後は黒本になるから準備しておけ。」




俺が言ったとおりの方法で決まった。




後ろで黒本がドン引きしている。すごく引いてる。




それを無視して、俺は教卓の前まで歩いて行き、みんなの方を見て自己紹介を始めた。




「俺の名前は、空波からなみしずくだ。4月から一人暮らしを始めている。同じように一人暮らしを始めた人はぜひ話しかけに来てくれ。いろいろと情報交換ができたらいいなと思っている。趣味はかなり変わるんだが、今は料理にはまっている。料理が得意な人は教えてくれると嬉しい。」




黒本のアドバイス通り、知ってもらうことで人間関係の構築に役立ちそうなことを言う。




聞いている黒本は、うんうんとうなずいている。




他のクラスメイトも一人を除いて、好印象を与えられているようだ。




そうだ、最後に一番知っておいてほしいことがあった。




「最後になるが、俺は天才だ。興味を持ったものはなんだってできる。


逆に興味のないことは全然できない。それだけでも覚えておいてほしい。」




俺がそう言うと、クラスメイトがざわつく。それもそうだろう。急に「俺は天才だ」なんて言われてもウケ狙いとしか思えないのに、言っている本人はいたって大真面目なのだから。




聞いていた黒本は額に手を置き、あちゃーといった表情を浮かべている。




それでも言うべきことだと思ったから言った。




俺は席に戻り、黒本の番になる。




「俺の名前は、黒本くろもとはじめです。さっきの如月君のようにインパクトのある自己紹介ができないのは大目にみてください。」




全体の前だからか少し丁寧な言葉遣いで、俺をいじって笑いを取る。




「趣味は映画を見ることで、この前も彼女といっしょに今話題のやつを見てきました。」




ちゃっかり自分に彼女がいることをバラしつつ、話を進める。




「部活はソフトテニス部に入ろうと思ってます。もしこの中にソフトテニス部入りたい!って人がいたらぜひ声をかけてください。」




ここで一旦話を切り、なぜかこちらの方を見ると、また口を開き始めた。




「さっき空波君が、自分は天才だ、って言ったのを聞いて驚いたと思います。だけどそれはクラスメイトへの侮辱とかではなくて、困ったことがあれば自分を頼ってほしい。という意味だと思います。ぜひ如月君に話しかけてみてください。とても面白くて頼りがいがある人だと感じるはずです。以上で俺の自己紹介を終わります。」




黒本の自己紹介が終わり大きな拍手が鳴り響いた。




……ちがうよ?全然そんなこと思ってないよ?




黒本が、どや顔で席に帰ってくる。




侮辱云々の話についてはわかった。




天才とは突出している存在だ。「俺は天才だ」を言い換えれば、「俺が上でお前らが下」みたいな感じにも聞こえてしまうだろう。




その点については俺の考えが足りていなかったと素直に反省する。




黒本の後ろは今日も空席なのでその後ろの奴が自己紹介を始める。




だけど、「俺に頼ってほしい」は全然違うだろ。これでめちゃくちゃ相談されたらどうするんだ。俺の時間が無くなるだろ。




とはいえ、そんなことになるわけないか。悪寒を感じながら俺は自分を納得させる。




「私の名前は月見里つきなしさいです。得意なことは勉強です。授業でわからないことがあったら聞きに来てください。一年間よろしくお願いします。」




月見里と名乗った女の自己紹介が終わる。焦げ茶色の髪をした真面目そうな眼鏡女子。




こいつだ、入学式の段階で何かキモい感じがしたやつ。勉強が得意と言っていたがもしかして……。




「私の名前は松下まつした八愛やえよ。小学生のころから空手を習っているわ。ただ、この学校には空手部がないみたいだから、部活には入らないつもりよ。


それから、勉強も得意な方よ。何かわからないことがあったら遠慮なく、聞きにきてもいいわ。その時は力になれるはずよ。」




キモ努力がなんか言ってる。俺より勉強できないくせに得意とか言うな。








そうして、全員が自己紹介を終わらせ今日の授業は終わった。




明日は土曜日だからゆっくり休める。月曜からは本格的な高校生デビューとなるだろう。


月曜日が楽しみである。
















…………月曜日から、めちゃくちゃ相談してくる奴が増えた。


黒本一許すまじ。




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