1章

第1話 主人公

「春の訪れとともに、新たな希望の光が輝くこの季節に・・・」




ありきたりで長ったらしい言葉を並べる校長の言葉を聞きながら、俺は改めて高校生になったのだという自覚を持った。




入学式を終えたあと、高校生活についてのおおまかな説明があるため、各クラスに戻ることになった。




先ほどまで誰もいなかった教室は、静かだけれども、春の日差しが差し込むことで暖かく穏やかで、まるで新入生を教室が歓迎してくれているかのような、不思議な空間を形成していた。


入学式だからこそ味わえる特別なものなのだろうと、自分の席に座りながら感慨深く感じた。




続々とクラスメイト達が教室に入ってくる。彼らの顔からはプラスの感情、マイナスの感情、など様々な感情が見て取れる。




クラスメイト全員が席に着いたが、担任がまだ来ていない。




教師間で話し合うことがあったのだろう。体育館を出る前に、教師の集まりに入っていったのを見た。




この空いた時間を有効に使おうと、数人のクラスメイトが近くの人に話しかける。俺の後ろにいた奴もその一人だ。




「入学式長かったな。特に校長先生の話がさ。」




まずは、共通の話題である入学式の感想を言う男。すると思い出したかのように、




「俺は黒本くろもとはじめっていうんだ。これから一年間よろしくな!」




そう言って自己紹介をした黒本。元気のいいやつだ、嫌いじゃない。




「俺は、空波からなみしずくだ。こちらこそよろしく。」




黒本の赤茶色の髪は太陽の光に良く映える。というより眩しい。少しだけど。少し。


というかなんで黒本なのに髪は黒くないんだよ、遺伝子負けんな。それとも先祖が元々黒くなかったのか?




俺がそんなくだらないことを考えながら、てきとうに黒本の言葉に返事をしていると担任が教室に入ってきた。




きれいな紫色の髪。女性にしてはかなり高い身長、170はあるだろうか。整った顔立ちも相まって、ここにいる生徒全員が内心で、当たりの先生だ!と喜んでいるのがすぐわかる。




「全員いるな。それではこれからホームルームを始める。先ほども学年主任の先生がおっしゃっていたように、高校生活についての説明を行っていく。


とはいってもそこまで難しいことではないし、午前中には終わる。


だがその前に、私の自己紹介だけ先にやっておこうか。私は早乙女さおとめみどりだ。これからの学校生活で困ったことがあったら、なんでも相談に来てくれ。


では改めて、説明を始めていくぞ。」




そんな言葉に学校に関する資料が配布され、この資料に沿って説明が進んでいく。




このクラスは36人。学年全体だと254人が入学したらしい。




席は縦横ともに6列で、きれいに並んでおり、俺の席はベランダ側から見て……ここベランダねえじゃん。




小中まではあったから自然とあるものだと思っていた。……廊下側から見て5列目の前から2番目。あいうえお順で出席番号が決まっており、最初の席は奥から縦に出席番号順で席が決められている。




校舎は2つ。間には中庭がある。一年生はグラウンドから遠い方の校舎の一階と二階に教室がある。二年は二階と三階、三年は三階と四階らしい。




そして授業については、……………………。




それからもいろいろなことを説明していたが、言われていたように午前中にはホームルームが終わった。




「以上だ。入学式早々いろいろ説明したから、まだ全部は理解できていない、というやつもいるだろう。そんなときは挨拶もかねてクラスメイトに聞いてくれ。もちろん私に聞きに来てもいいぞ。」




面倒見がよさそうな先生だ、担任の言葉を聞き終わってから俺はそう感じた。




「おつかれ。担任の先生かなり当たりっぽくてよかったな。空波はどう思った?」




教室を後にする先生を追うように、早速黒色のポニーテールの女が教室を出て行った。




それを後目に黒本の質問に返事をする。




「面倒見がよさそうな人だったと思うよ。後は教え方がうまければ最高の先生だと言えるだろうな。あくまで初日の印象だけど。」




確か数学を教えると言っていたか?俺が記憶を漁っていたら、黒本が返事をしてきた。




「数学の教師だって言ってたよな?俺あんまり数学得意じゃないから教え方うまいとマジで助かるんだけど。」




苦笑いしながら自身の短所を明かす黒本。そんな黒本の席の後ろは最初に教室に入ってからずっと空席のままだった。




「俺は数学できるから、テストのときとか教えても良いぞ。まぁ、さすがに教師よりは教えるの下手かもしれないけど。」




そういうと目を輝かせた黒本は若干興奮しながら、言葉を放つ。




「本当か!?ありがとう、マジで!。俺も理科は得意な方だか、こまったら聞いてくれ。力になるよ。」




どうやらかなり悩んでいたようだ。そこまで喜ばれると悪い気はしない。ただ、俺は英語以外、全部できるんだが。




まぁ、あくまで中学までの話で高校になってから理科が苦手になるかもしれないから、ここはその言葉に甘えておこう。




「ありがとう。助かるよ。」




というかこいつ、さっきからずっと気を散らせているな。…………どうやら別のクラスが気になるらしい。




中学時代の友達と同じ高校に来ているのか?だとしても、話しながらここまで目を動かせるだろうか。




というか自分から話しかけてきたのに、別の人に用があるから離れたいオーラを出すのは失礼だろ。だとすれば、




俺は黒本を注意深く観察する。目の動き、体の動き、言葉から感じ取れる感情。




「黒本おまえ、もしかして彼女がいるのか?この高校に。」




「!?」




俺の言葉に黒本は驚く。当たりか。




「さっきから彼女のもとに行きたい、行きたい、っていうのがすごく伝わってくる。」




さらに言葉を続けると、黒本は顔を赤くして恥ずかしそうに聞いてくる。




「じゃ、じゃあ、行ってきていい?」




「もちろん。また明日。彼女は大切にな?」




からかうように言うと、黒本はさらに顔を赤くしながら、扉の方に向かう。




しかし、すぐに戻ってきて、




「忘れてた。連絡先交換しないか?」




そう言ってきた。別に明日でもいいんだけど……。




「わかった。」




そうして連絡先を交換したあと笑顔でこちらに手を振りながら、いつの間にか教室の前で待っていた彼女らしき人物の方へと向かっていった。




気が付けば、教室の中にはすでに数人しか残っておらず、その残っていた奴らも教室を出ていき俺だけが残った。




先ほど教室に入った時とは違い、静かだけれども、先ほどまでいた人の温もりを感じるような空間が生まれている。




そんなことを感じながら、帰る準備を始めた俺は鞄を背負って教室のカギを閉める。




渡り廊下を通って反対側の校舎にある職員室まで行き、一度鞄を置いてから職員室に入りカギを返した俺は、そのまま帰ろうとしたが、鞄を持った時にカエルのキーホルダーがなくなっていたことに気づく。




どこかで落としたのか?教室ではカエルのキーホルダーは見ていない。となると、つけるのが甘くて通学中に落としていたか、それとも渡り廊下で落としたばかりなのか。




俺は渡り廊下まで戻ったが、そこにはキーホルダーの姿がない。やはり通学中に落としたのだろう。だとしたら諦めるか。しかし、もしかしたら風で飛ばされて中庭に入ったのかもしれない。




そんな考えから、鞄を置いて探し始める。芝生は黄緑、キーホルダーも黄緑、これは探すのは無理だ。




そういえば担任の名前、早乙女翠だったな。なんで紫髪の子供に翠っていう名前を付けようと思ったんだよ。早乙女先生の親は頭がおかしいのか?




「確か、空波雫君……よね?」




俺が下らないことを考えていたら、急に声をかけられた。




顔を上げると、さっき先生に話しかけに行っていた黒髪ポニーテールの女が立っていた。




「お前は…………松下、だったか?」




なんとかこいつの苗字を記憶から引っ張り出せたが、こいつなんで本名まで覚えてるんだよ、まだ会ってから一日目で、しかも話したこともないのに。




「まだクラスメイトの苗字しか覚えてなくて…」




ちょっと見栄を張った、本当はこいつ入れて3人しか覚えてない。




「私は、松下まつした八愛やえよ。まだ一日目なのだから覚えてなくて当然だと思うわ。むしろ全員の苗字を覚えているだけすごいわ。」




どうやら見栄を張ったことには気づいていないらしい。




「それで俺に何か用か?」




そう言いながら最後にキーホルダーが落ちてないかの確認をする。うん。ないな。




俺は探すのを諦めて彼女の話を聞く。どうやら受験科目の成績について気になるようだ。俺の成績か、




「学年で1位になっている自信がある。」




即答する。当然だ。なぜなら、




「俺より上がいるわけがない。」




元々は勉強が苦手、というより興味がなかった。ある程度の成績を取れればそれでいいと思っていた。




だけどこの学校を親から勧められた。ここなら俺の心を満たしてくれる人がいるのではないか、と言われた。




少しでもその可能性があるならば、賭けてみたい。どうせなら受験生で一番の成績を取ってみるのも面白いかも、そんな興・味・が生まれた。




その時点で勝つことは決まったんだ。だって、




「俺より優れた奴なんていないだろ。ここにも、この国にも、世界中どこを探しても。」




興味を持ったことならば何でもできる。誰よりもできる。俺は天才なのだから。




俺の答えを受けた松下は、頭の中が整理しきれていないようだ。それを見てそろそろ帰ろうかと思った俺に松下がまだ声をかけてくる。




「そこまでの自信を持てるほどの能力を得るには、生半可な『努力』ではいけないわ。




想像を絶するほどの『努力』をしてきたということかしら。それともただ、才能があっただけ?




だとしても世界で一番なんて言えるわけないわ。




あなたがここまでの能力を持つほど成長したのにはどんなきっかけがあったのかしら?


どんな機会に恵まれたのかしら?ぜひとも教えてほしいわ。空波君。」




??違う。違う。違う。その考え方はおかしい。お前は何もわかっていない。




松下の言葉を受けたことで自分の中に怒りの感情が生まれたのを感じた。




「きっかけ?機会?それがないと成長できないのか?だったらお前、」




松下に向けていた小さな小さな興味が急激に冷めていく。




「ダメだわ。駄目だ。そんなんじゃいつまでたっても受け身の成長を続けるだけだ。


俺たち天才にはどうやっても勝てない。」




こいつは俺の心を満たす相手ではない。




「さっき『努力』と口にしたな。そしてずっと受験の成績について聞いてくる。ここから察すに、お前はここに入るために『努力』をしてそれなりに良い成績だった。


だけど自分より上がいることが気になって、そいつが自信過剰気味な俺ではないか、とあたりをつけたわけだ。」




こいつもいつもと同じ、その他大勢にすぎない。俺とは全く釣り合っていない。




「欲しいのは自分より上の人間に対する知識、知りたいのは自信の持ち方、といったところか。好奇心で俺に話しかけたのかもしれないが、俺から得られるのはお前のような凡人が知ったところで無意味なものばかりだ。」




親があそこまで勧めていたから心のどこかで期待していたらしい。




危ない、あの期待のまま高校生活を始めようとしたら、また今までと同じになるだけだった。




それを気づかせてくれたことだけは感謝するが、それ以外はだめだ。




「お前の考え方、お前の在り方なんてものは、俺からすればたいしたものではない。


ここでこの話は終わりだ。俺は帰るぞ。」




松下に背を向けて靴箱へと向かう。ただ、何か胸の中にもやもやが残っているような…………あぁ、そうか。




俺は松下の方へ振り返り、最後に言葉を残す。




「俺は『努力』って言葉が嫌いなんだ。二度と俺の前で使うな。」




『努力』今まで散々聞いてきた言葉だ。




成功した者、勝利した者は皆こぞってこう言った。




「今までの『努力』の成果です!」




失敗した者、敗北した者は皆こぞってこう言った。




「今までの『努力』は無駄にはなりません!」




反吐が出る。




勝った理由、惨めさを紛らわす言い訳、他人を騙し、自分を騙し、ことあるごとに『努力』、『努力』、『努力』、結局なんなんだ、誰もが使う『努力』と言う言葉は。




通学で1時間自転車を漕いだら『努力』なのか。




学校の授業を受けることは『努力』なのか。




練習は全部『努力』なのか。




試合は全部『努力』じゃないのか。




何を指しているのか。何のためにあるのか。まったくわからない、そんな曖昧な言葉に踊らさせるなんて、哀れだ、滑稽だ。




どんなに『努力』という言葉を並べても天才の俺には勝てないのに。




今までの経験が、今までの結果が、俺に教えてくれる。




『努力』は悪だと。












俺はそろそろ眠ろうと思い、部屋の電気を消す。




高校生になってから一人暮らしを始めることになり、こうして夜に静かで暗い部屋を見ると、そろそろ自立の時が、近づいているのだと感じる。




窓を開けると夜風が部屋に入ってきて体が冷えていく。




これからの高校生活はどんなことが待っているのだろうか。




きついこと、大変なこと、いろいろあるだろう。




だけども、たとえどんな困難があろうとも切り抜いてみせる。なぜなら俺は天才なのだから。




雲が晴れ、姿を現した満月が優しくあたりを照らす中、俺は瞼を閉じた。














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