青空チェンジ!

きゅう

序章

第0話 努力と才能

「春の訪れとともに、新たな希望の光が輝くこの季節に・・・」




ありきたりで長ったらしい言葉を並べる校長先生の話を聞きながら、私は改めて高校生になったのだという自覚を持った。




入学式を終えた私たち新一年生は、各クラスに分かれて担任の先生から学校についての説明を受ける。といっても初日ということもあり、午前中には帰れることになった。




新たな人間関係を築こうと賑やかになる教室を後に、説明を終えて職員室に帰ろうとする先生に私は声をかける。




「先生、受験の得点開示をお願いします。」




私は手に持った受験票を先生に見せながらそう言った。この高校では受験票を担任の先生に見せることで、受験した科目の成績を教えてくれる。




「わかった。では一緒に職員室に来てくれ。」




そう言うと、先生は職員室へと向かい、私は少し遅れて後を追う。四月の暖かでやさしい風が廊下の窓から入り、先生のきれいな紫色の長い髪をなびかせる。




そんなきれいな後姿を見ていると、大人な女性とはまさにこの人のことを言うのではないか、と思うほど先生からは大人のオーラを感じた。背が高く、高圧的にも思える雰囲気があるけど、決して近づきにくいわけではなく、むしろ生徒から好まれるタイプなのではないだろうか。




そんなことを思いながら職員室に向かい、先生の机まで来ると、椅子に腰かけた先生が書類の入った厚いファイルを開き、その中から一枚の紙を取り出し、私に渡してくれた。




紙には私の受験した科目の点数が書かれており、見た感じではかなりの高得点だったが、私にはどうしても気になることがあった。




「私は、学年全体で何位でしたか?」




この学校に入るためにかなりの努力をした、その結果についてもっと詳しく知りたい。私の胸の中に好奇心が生まれる。




そんな私の言葉を受けた先生はすぐに言葉を返してきた。




「松下、お前は3位だった。素晴らしい成績だったからな、記憶に残っていた。」




先生から称賛の言葉を受け取るが、そんなことよりも…………3位。




決して低くはない、それどころか非常に高い順位だ。一年生が200人以上いることも考えると先生が言うように素晴らしい成績だろう。しかし、




「2位と1位の生徒の名前を教えていただけませんか?」




私の上、つまり2位と1位の存在が気になる。知りたい。詳しく。もっと。もっと。




私の胸の中を好奇心が埋め尽くす。




「流石に個人情報だから教えるわけにはいかないな。」




先生は困ったように笑う。当然の結果である。だけど知りたいと思ってしまった。




明日から2位と1位の生徒を探そうか、そんな風に考えていると先生が独り言を呟くように、




「それにしても今年のクラス決めは例年と比べて異質だったなぁ。なにしろ受験成績のTOP3が同じクラスに入ることになったからな。」




私の方をいたずら好きな子供のように笑いながら、そんなことを言った。




「!ありがとうございます。」




感謝の言葉を伝えた後、私は職員室を後にした。今ならまだ教室に残っているかも、そんな期待を胸に、小走りになりながら廊下を渡る。




実を言うと一人心当たりがあった。


入学式、それも高校ともなれば知っている人は限られてくる。それも相まって人間関係、勉強面など不安は大きくなるだろう。


しかし、新たな場所、中学時代よりも格段と自由で、ずっと憧れていた高校生に自分がなる。そんなことを思えば、期待や喜びも大きくなる。


期待、不安、喜び。高校生となった誰もがそんなプラスの感情、マイナスの感情を織り交ぜながら、今日この場所に来ているはずだ。


だけど、一人、他の感情を一切見せず、ただ一つ『自信』だけを持っているような、そんな不思議な男の子がクラスメイトにいた。きっとその人だろう。


なぜそこまで自信が持てているのか、知りたい、知りたい、知りたい。…………?


心の中に小さな不安と小さな恐怖が生まれていることに疑問を持ちながら、私は自分の教室「1年1組」に到着した。


既に誰もいなくなり、先ほどまでの賑やかさが嘘のように寂しさ一色に染まった教室に入り、自分の鞄を手に取った私は、彼がもう帰ってしまっていることに落胆し、すぐに家へ帰ろうと教室から廊下に出る。




そのとき、廊下の窓から見える中庭に彼を見つけた。


まだ残っていたんだ、歓喜の気持ちがあふれだした私は、走りながら中庭のきれいに整えられた芝生の中に入り、




「確か、空波からなみしずく君……よね?」




走ったことで多少荒くなった息を整えながら、何かを探すように下を見ていた彼の名前を呼ぶ。




「お前は…………松下、だったか?」




彼は顔を上げて、記憶を探るようにして私の苗字を口にし、続けて、


「まだクラスメイトの苗字しか覚えてなくて…」と形だけ申し訳なさそうに言った。




雪のように白い髪、整った顔立ち、背が高く引き締まった体。なるほど、容姿を観察しただけでも彼が自信を持てていることに頷ける。




「私は、松下まつした八愛やえよ。まだ一日目なのだから覚えてなくて当然だと思うわ。むしろ全員の苗字を覚えているだけすごいわ。」




そう私は口にしたあと、私はフルネームで彼のことを呼んでいたのを思い出して、馬鹿にしていると思われたのではないかと焦ったが、彼は気に留めた様子もなく、




「それで俺に何か用?」




と下を向いてまた何かを探し始めながら言ってきた。そんな態度に少しムッとしつつ、




「あなたに聞きたいことがあったの。だけど何か探し物をしているみたいね。手伝いましょうか?」




「中学のとき生物部の奴にもらったカエルのキーホルダーがなくなってたんだが、


もういいや。それで聞きたいことって?」




私の提案を受けた彼はそう言って探すのをあきらめ、顔を上げる。




「大事なものではなかったの?」




「いや、別に。文化祭の時に配られてたやつだし。これだけ探してないならもういいかなって。」




「そう…。」




彼との会話に少しもやもやしつつ、私は本題に入っていく。




「如月君は受験の成績について自信ある?」




私の問いに対して彼はすぐに、




「もちろん。学年で1位になっている自信がある。」




と返してきた。




「それはなぜ?受験勉強をいくら頑張ったとしても100%の自信を持つのは難しいと思うのだけれど。」


私は疑問をぶつける。私だって受験勉強を頑張ってきた。ここに受かるために、さらには1位を狙うために、たくさん努力をしてきた。


だけど最後の最後まで100%の自信は持てなかった。心のどこかで、自分より優れた人が受けているのではないか?といった不安を感じていた。


だというのになぜ、彼はこうもあっさり言い切れるのだろうか。知りたい。もっと。もっと。もっと。


私の疑問に対して彼は当たり前のように言い放つ。




「俺より上がいるわけがない。」




その言葉を聞いた瞬間、私は胸の中に小さな怒りの感情が芽生えたのを感じた。




「それはおかしくないかしら。よく知っている集団でならともかく、私たちのほとんどはあの受験の日、初めて顔を合わせたのよ?しかも受験に集中していたのだから、言葉を交わすこともなかったわ。そんな状態でどうして、自分より上がいるわけないだなんて言えるの?」




声量が少し上がってきているのを感じながら、私は疑問を投げる。だけど帰ってくる言葉はわかるような気がする。あの絶対的な自信、もしかして彼は、




「?俺より優れた奴なんていないだろ。ここにも、この国にも、世界中どこを探しても。」




彼は当然のように言い放つ。あぁそうか、彼は『天才』なんだ。だからこそ、ここまで自信を肥大化させている。凡人では理解できないような感覚を彼は持っている。




私は生まれてから15年の間、片手で数えられるほどしか『天才』にあったことがない。


だけど、この男は今まであった誰とも違う異質性を感じる。




私は私の中にある様々な感情がごちゃ混ぜになっているのを感じながらも、それでも、好奇心を、探求心を、無意識に拾い集める。その中に不安や怒りが混ざっていることを無視して、彼に言葉をぶつける。




「そこまでの自信を持てるほどの能力を得るには、生半可な努力ではいけないわ。


想像を絶するほどの努力をしてきたということかしら。それともただ、才能があっただけ?


だとしても世界で一番なんて言えるわけないわ。


あなたがここまでの能力を持つほど成長したのにはどんなきっかけがあったのかしら?どんな機会に恵まれたのかしら?ぜひとも教えてほしいわ。空波君。」




自分でも驚くほど怒気が混ざった言葉。この男は気づいたのだろうか。だとすればどんな風に返してくるのだろうか。




すごく興味が……?寒気を感じた私は彼に注目すると、今まで合わせようとしなかった目をこちらに向け、彼はこう言った。




「きっかけ?機会?それがないと成長できないのか?だったらお前、」




そう言うとさらに寒気がまし、続けて彼は、彼はこう言った。




「ダメだわ。駄目だ。そんなんじゃいつまでたっても受け身の成長を続けるだけだ。


俺たち天才にはどうやっても勝てない。


さっき努力と口にしたな。そしてずっと受験の成績について聞いてくる。これらから察するに、お前はこの高校に入るために努力をしてそれなりに良い成績だった。だけど自分より上がいることが気になって、そいつが自信過剰気味な俺ではないか、とあたりをつけたわけだ。」




私への否定、彼に話すまでに至った経緯の推測、さらには彼自身に対する不気味なほどに良くできた客観的視点、彼は次々に言葉を飛ばす。




「欲しいのは自分より上の人間に対する知識、知りたいのは自信の持ち方、といったところか。好奇心で俺に話しかけたのかもしれないが、俺から得られるのはお前のような凡人が知ったところで無意味なものばかりだ。」




さらに的確に私の心を見透かし、上から目線で答えを出す。




「お前の考え方、お前の在り方なんてものは、俺からすればたいしたものではない。


ここでこの話は終わりだ。俺は帰るぞ。」




そういうとすぐに置いてあったかばんを拾い、靴箱に向かっていった。




彼の言葉が耳に入るたびに、いくつもの感情が生まれ、育ち、混ざり、私の心をぐちゃぐちゃにしていく。もしかすると私は彼を、あの男を、あいつのことが、




「あぁ、言い忘れてた。」




靴箱に向かっていたあいつは突然私の方を振り返り言った。




「俺は『努力』って言葉が嫌いなんだ。二度と俺の前で使うな。」




それは、今までの人生でただひたすらに努力してきた私への最大限の侮辱だった。


あいつはそんなこと知らずに口に出したのだろう。


『天才』のことを凡人が真に理解できないように、凡人のことを『天才』は真に理解することはできない。




感情の整理が終わる。そうか私は、あいつのことが、あいつのことが、あいつのことが、






嫌いだ。






あいつは知らないだろう。先ほどまでの会話が私が今までの自分の未熟さを理解するための機会になっていることを。




あいつは知らないだろう。あの言葉がさらに努力しようと、さらに成長しようと、私が思うきっかけになっていることを。




この高校生活の目標ができた。あいつを超える。あいつを負けさせる。


芽生えたばかりの決意を胸に、真上に上がった太陽が痛いほどあたりを照らしながら燦々と輝いている中、私は一歩踏みだした。


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