第29話 血の盟約

「な?俺の言った通りになっただろう?」


 野戦陣地に入る。奴の第一声はこれだった。

 髭が気になるのか撫でながら自分のあごを撫でながらそう言った。


「しかし、正気なのか?俺のような奴を引き入れるなんて?」


「いやいや渡りに船と言うやつさ。それに君も腹ではともかく頭では理解したんだろう?そこの侯爵令嬢殿の入れ知恵とくればこちらも不必要な警戒はしないさ。」


「お久しぶりですね。アルデリアン閣下。」


 ディーナはディーナでうさん臭いものを見るような目つきでセルジュを見ている。


「これはこれはディーナ殿。今日も麗しいですな。しかし、驚きましたよ。わが領内でウロチョロしてると思えば、わが友アルテームの従者になっているなんて。タピセリエ教会のネズミが今や我が友人の番犬ですからな。大した出世ですよ。」


 あれ、この二人バチバチした因縁があったのか?

 皮肉たっぷりの口ぶりだ。


「そう怪訝な顔をしないでくれアル。ディーナ殿の生家であるボグダン家とは領地が隣接していてね。何かと諍いは絶えなかったのだよ。加えて俺の血の力の疑いの調査もあって、ボグダン家の者が調査にでも来たのかと思っていたのさ。」


 なるほど。ご近所トラブルか。

 炭鉱でもよくあったことだが、お貴族様のところでもあるのかよ。

 金持ち喧嘩せずとは何だったのか?


「その通りです。ただ家の者として出かけていくことは出来ませんから敬虔なタピセリエ教徒として乗り込んだのです。」


 ほう。そんな過去があったのか。聞いてないが?


「まあ、今は共犯者ですから、過去の遺恨は水に流しましょうかね。」


 セルジュは「さて」というと本題に入る。

 戦場と随分印象が違う。戦場では血が騒いだのだろうか?


「まずは君のことです。アルテーム。知っていますか。本格的に神の敵認定が下りました。教会の狂犬、あるいは息のかかった者が暗殺を企むことでしょう。そして教会と足並みを揃える王家もまた同じこと。つまり我々は聖俗両権力を相手取ると。」


「まあやむを得ないな。ディーナの隊を壊滅させたのだから当然だろう。」


「で、私が君を引き入れたのは、他ならぬ私も君と同じ立場にあるからですよ。血の力に目覚めた。教会の『奇跡』を経ることなしに。これは教会の権威の否定であり、王家の正統性に対する謀反と看做される。」


「なぜだ?」


「正統な王家のみが血の力を使うべきという神話を立てたかったからでしょう。王家と同じ力の持ち主がぽこぽこ現れてしまったら、取って代わられてしまうかもしれない。同じ力だからこそ、自分の力は聖なる力、他の力は邪な力と分ける必要があったと。」


「つまり、俺たちはその神話をぶっ壊してしまおうということか。」


「察しが良くて助かりますよ。アルテーム。王は民のためにあるのです。力無き王が王座に陣取るなど、臣民に対する裏切りでしょう。王など民のための手段に過ぎない。より優れたものが取って代わるべきで、王の保身のために我々が死んでやらねばならぬ理由などどこにもない。」


「貴様、それでよく子爵になれたな!?」


 ディーナが静に怒りを湛えている。なんだかんだ王家への忠誠は残っているのか?そういう物として教育を受けたのか?


「なれたのではありませんよ。なったのです。わが国は家柄を重んじるあまり、いつしか『血の力』は誰の腹から生まれるか、という意味での幸運の力に成り下がったのです。そこに戦役があり、俺は本来の『力』を使っただけのこと。統治の失敗が無ければ俺が出世することもなかっただけのこと。それだけです。」


「おいディーナ。あまりかみつくな。あと、俺の犬ってことを忘れるなよ。」


「ぐ……、しかし、王はそういうものではありません。」


「侯爵令嬢から見える世界はまた違うのでしょうね。王とは公爵と侯爵の都合のいい隠れ蓑。王の名のもとに自分たちに有利な決定を行う。王はサインをするだけでよいということでしょうか。私はそこに一枚噛めていませんのでね。」


「おのれ、」


「ディーナ。一度黙れ。今はお前の帝王学の時間ではない。」


「はっはっは。しかし、アルテーム。いい奴を配下にしたじゃないか?こいつが吠えているのは今の王のためじゃない。君を王にした後のことを考えているのだ。おそらくな。」


 セルジュのテンションが上がって来たらしい。

 にしても話が急で着いていけないな。


「もしかしてセルジュとディーナは……仲良しだったのか?」


「「まさか!」」


 セルジュは「腹黒いだけだよ。」と言い、ディーナは「貴族とはそういうものです。」と言った。

 結局、俺はセルジュ・アルデリアンの配下という名目を得ることになった。

 王への謀反を企む子爵の配下。実に香ばしい肩書だ。


「しかし、ディーナの言ったとおりだったな。」


「恐縮です。」


「が、それはそれとして、ディーナ、お前今の王家にも忠誠があるように見えたがあれは何だ?」


「いえ、そのようなつもりはありません。強いて言えば、こちらが倒すまでは、安泰でいてくれた方が混乱が少なくて済むと、そう考えているまでです。」


「そうか、だといいが……。一応、俺の血をもう少し注いでおこう。侯爵家までは王の血も濃いようだからな。今晩はベッドに来い。」


「かしこまりました。」


 そういうとディーナは部屋を後にした。


「おやおや、お盛んなことだねえ。」


 ヘラはそう冷やかしていた。

 ヘラは叛意のようなものは感じ取れていないらしい。

 杞憂だったのだろうか?

 まあ、今夜は骨が折れそうだ。

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