第27話 綺麗な血戦

「ほう、今どき一騎打ちとはな。卑怯者かと思ったが?」


 眼前の黒い鎧に身を包んだのがセルジュ・アルデリアン子爵だろうか?

 だとすれば領主軍の大将だ。


「その言葉そっくり返すぞ。後ろから指揮だけ執っていればいいだろう。」


「はははは。俺も舐められたものだな。敵の野戦陣地に単騎駆けなど正気の沙汰ではない。こんな頭のおかしい奴には、俺のような奴が出るべきだろう。」


 そう言うと少し間を置いてそう続けた。

 肩に担いだ黒大剣は血に飢えているかのようにぎらつき、太陽光を反射した。


「狂気には狂気をぶつけるべきだ。お前もそう思うだろう。このセルジュ・アルデリアンの名において、貴様を殺そう。」


 そういうとニヤリと笑った。


「さて、お前のせいで部下を300人も失った。暗殺に気付かないなど言語道断だと叱りつけたのだが、これは間違いだったな。お前ほどの猛者であれば気づけなかったのも無理はあるまい。武器を取れ。俺が相手をしてやる。」


 刹那、迫り来るアルデリアン。

 名乗りをそのまま信じるのかって?

 こいつは武力で成り上がったそうだ。

 この手の嘘をつけるはずがないのだ。


「【血装けそう爪紅つまべに】。……!?」


「いい武器持ってるな。まさか俺の剣を正面切って受け止めきれるとは思わなかったぜ。」


 腕が痺れた。凄まじい衝撃。そして県の耐久力も厄介だ。

 この紅の爪は鉄だろうと切り裂く。しかし剣には刃こぼれ一つない。


「いい得物だ。」


「俺の魂だ。そう簡単には折れないさ。どうした?ビビっちまったか?」


「抜かせ。部下が動かないように見ていただけさ。」


「それはナンセンス。俺だけ見ていろよ。俺たちを止める野暮は居ないさ。」


「それこそ無い。敵の言葉など信じるに値しない。信じないことにさえだ。」


「ほう?余裕ぶりやがって。俺だけ見ていろよ。」


「お前?もしかしてそういう趣味か?少年に興奮するのか?」


「いい煽りだ。……うん?その反応は煽りじゃなかったのか。安心しろよ。この剣以外を突っ込む気は無いね。」


「趣味は無いものねだりってことね。安心したよ。」


 この口撃の応酬は、攻撃と並列している。

 斬撃と爪撃の螺旋。

 戦場には黒と赤だけが音を奏でている。


 奴の連れてきた騎士・兵士が息を呑んでいるのが分かる。

 確かによく訓練されている。

 剣も口も差し挟む実力が無いことは、彼らにも理解できたようだ。


 しかし、おそらくこいつもまだまだ本気ではない。


「いい動きだ。お前?俺の配下にならないか?」


「なんだいきなり。」


「強い武人を手許において置きたいのは、全ての領主の野望だと思うが?」


「ならばその器を示すべきだろう?こんなものか?」


 これは強がりだ。あの剣の重量はなかなかある。

 それでいて刃は極めて鋭利。つまりそれは脆いことを意味する。

 鋭角は切れ味は良いが、すぐ欠ける。ダン爺さんが言っていた。

 しかし奴の剣はその刃の薄さに比して理不尽なほどの硬さを誇っている。


「そうか、ならばもっと踊ろう。リズムを刻め!俺に刻まれないようにな!」


 加速。加速加速。

 奴らの配下どもには剣が3本あるように見えているらしい。

 だとしたら俺の腕は6本に見えているのだろうか?


「いいね、この速度についてこれる奴は久しぶりだぜ。」


 息一つ乱すことなく奴は言った。


「対話ぐらいはしてやろう。その黒はなんだ?なぜ俺の爪が通らないんだ?」


「おっと、お前自分の力の正体を知らないのか?こんな理外の力、血の力に決まっているだろう。このだだっ広い平原にあって、なぜ隣国の領土的野心を何度も退けていると思っている。」


「俺以外にもいたのか。興味深いな。それで次は何を見せてくれるんだ?」


 いきなり【爪紅】の長さを2倍にする。刃渡り20㎝といえば大したことないが、間合いに慣れたころにこれは痛いはずだ。事実。鎧の首に当たった。


「やはり長くなる分威力は落ちるか。」


「ひょう!?やるな!小僧。」


 セルジュはなお飄々ひょうひょうとしている。

 首の薄皮1枚


「いや面白いな小僧。ますますほしくなってきた。魔法を凌ぐ魔法、俺の血の力もっと見ていけよ。俺もお前の全力を見たいしな。」


「まだ諦めないのか。そろそろ自分の命を諦めてほしいころ合いだったのだが。」


「……お前この期に及んでまだ俺の部下を警戒してんのかよ。いや、後ろが気になってるのか?さてはお前、ワンマンだろ。」


「ノーコメントだ。」


「安心しろよ。そんな薄汚い真似はしない。」


「!?……どの口でそれを言うか!」


 速い。いや、奴の前進が見えなかった。早かったのではない。

 動いていないように見えたのだ。


「おっと、守勢に回るのは慣れてないか?」


 さっきの2倍の速さ。4倍の殺気。

 大剣を振り回し、その先端は音速を超えている。

 受けるのは危険だな。いなす。


「胴ががら空きだぜえ!」


 回し蹴りを入れ込んでくる。重いな。

 【血装けそう赤備あかぞなえ】越しでもすごい衝撃だ。


「こっちのセリフだ。」


 蹴りに来た足を掴んで投げる。

 扇を描くように地面に叩きつける。

 五度叩きつけた後、敵陣側に放り投げた。


「……綺麗な受身だな。」


「誉め言葉も吐けるのか。やはり欲しいな。」

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