第26話 領主軍を殲滅せよ
翌朝の領主軍の混乱ぶりは見物だった。
朝方のヘラとの敗戦を忘れさせてくれるな。
小高い丘から領主軍の動向を確認していた。
「へえ、今頃になって気づいたのか。随分たるんだ軍だねえ。」
「やりすぎたかなあ?」
「いや、まだ300人しか死んでないんだ。それにおめおめ引くなんてことは出来ないはずだよ。あれだけの軍勢、領主の街で出立式をして、街道沿いの街にも威光を見せつけてるだろうからね。それが敵地にもたどり着けずに敗走しましたってんじゃ、示しがつかないだろう。」
「そうだな。その混乱で、このリストが無くなっていることにも気づかないだろうなあ。」
「ん?なんだいそれは?」
「ああ、偉そうなやつを殺したときに、机の上にあったから貰ってきたのさ。魔法攻撃が可能な者の名前一覧。名字持ちが多いから、旗とか見れば分かるのかな?」
「うーん?ディーナなら旗を見れば家名も分かるんじゃないかい?お貴族様だったんだろう?」
「じゃあ、これ以上殺すのは無しにするか。いざと言うときの杖要員が少ないのは困るしな。」
「お?そいつぁいい口実を見つけたね、ご主人様。魔法使いは胸が大きいのが多いのさ。」
「ん?胸?そうなのか?」
「あれ、そういうのがタイプかと思ったが違ったのかい?」
「いや、別に気にしないぞ。それとあまり冷やかすなよ。折檻するぞ。」
「うーん、本当かなあ?まあいいや。よくわからんが魔力を溜めやすいらしい。」
「眉唾っぽい話だな。炭鉱で散々聞かされたよ。もっとも、そこを出るまでは魔法だって見たことなかったから、眉唾だと思ってたんだけどな。」
そんな他愛のない会話をしていると、領主軍に動きがあった。死体を置いていくそうだ。
使える装備をはぎ取っているな。
まあ運べないよな。冷静に考えて。出来ることとすれば、俺との戦いで死んだことにするくらいか。
でも、現時点では恥さらしか。俺はさほど悪名を稼いでいないはずだからな。
「おかえりなさい。アル。」
熱烈なお出迎え。アリシアは焦りでも覚えているのだろうか?
ディーナを抱き潰してから、熱量がすごい。不安にさせたはダメだな。
ちょっと長めに口づけを交わす。
おいヘラ!はやく咳払いでもしろや。
「おっと、お熱いところを目撃してしまいましたな。」
救世主ならだれでもいいや。ラツァライ市長さんだ。
「さて、この老いぼれは後にしましょうかな?」
「ああ、気にしないでくれ。今済んだところだ。」
アリシアは恥ずかしがっている。かわいいな。
頭を撫でる。俺より背が高いと撫でづらいが耐えねばなるまい。
「そうでしたか。どうでしたか領主軍の強さは。」
「雑兵はどうってことないな。ディーナ指揮下のがいくらかマシだな。」
「そうでしたか。ただ、セルジュ・アルデリアン様本人は屈強ですぞ。爵位はたしか子爵でしたか。比較的新しく貴族になった方です。」
「そうか、でも子爵じゃ大したことないんだろう?」
「爵位と強さは当てになりませんね。」
とディーナ。
「セルジュ・アルデリアンは先の戦役で武功を上げた猛者で、いきなり子爵位に封じられました。私が彼の領地に騎士団を率いてきたのも、その統治能力を見に来た部分が大きいのです。」
「そうなのか。じゃあ期待していいのかな。現領主様には。」
「真正面から戦うおつもりですか?」
「いや、むしろいい機会なんじゃないか?ご主人様は今まで狩りしかしてこなかったんだろう。ここらで戦闘というのを知っておくのも。」
「うん?なにが違うんだ。」
「狩りとは、強者が弱者を屠ること。戦闘とは強者同士でしか起こりえません。注意してください。彼は攻撃を防御してくるしなんなら反撃だってしてくるでしょう。」
あれ、俺そんなことも分からないと思われてるのか?
心外だな。と思ったが、好意として受け取っておこう。
「分かった。留意する。」
「はっはっは。まあ頼みましたぞ。脅迫者殿。」
市長はこういうと部屋を出ていった。建前は大事だ。
市長はあくまで俺に脅されている。このロジックがどこまで領主を納得させられるかは知らない。
そういう意味だろう。
「ああ、最後に一つ。」
部屋を出ていった市長が急ぎ足で戻ってきた。
「決戦は何日後になりそうですか?」
「3日後ですね。」
「分かりました。では2日後までに守備隊を準備させます。ただ、野戦ですよね?」
「ああ、野戦だ。」
「守備隊でいいのでしょうか?こちらも打って出ることはしないのですか?」
「ん?市長さんにはまだ言ってなかったか?」
「はい?」
「打って出るのは俺だけです。俺を素通りした奴らの対処は任せます。」
「ええ……。あり得ません。単騎駆けなど。」
「決めたことですから。それに速攻で蹴りをつけますよ。」
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