第19話 新鮮な人間

「ディーナ、見てくれ。」


「ああ、ご主人様。何が採れたのですか?」


「「って!人間じゃないですか!」」


「そうだが?この女、俺に一撃入れることができたからな、きっと強いのだろうと思って、手下にした。だから、この足の傷を治療してくれ。」


「おお、けっこうバックリ行きましたね。」


「ああ、逃げられそうになったからな。単純な速さでは負けないんだが、なんかこう避け方が独特で浅手には出来なかったんだ。」


「承知しました。」


 アリシアは不満げな顔をして言う。


「また女を作ってきたのね?」


「いやいや、作ってないから。採れただけだから。」


「そういう意味じゃありません。」


 そういうとアリシアはべたべたとくっついてきた。

 自分の匂いでもこすりつけているのだろうか。

 なんでこんなにかわいいんだろうなこいつ。


「ご主人様、目を覚ましました。もしやと思ったのですが、首の骨も折れてましたね。危なかったです。」


「そうか。お前がいて良かった。」


 アリシアの頭を撫でて、「もちろんお前もな。」ということも忘れない。

 ここ最近学んだ人間の作法だ。


「はっ!?ここは。」


「やあ、暗殺者ちゃん。依頼に失敗してしまったみたいだね。で、依頼主のこと押せてくれるかな?」


「は、お前は、『血の獣牙』!私は、しくじったのか?」


「そういうこと。ほら、早く教えろよ。」


「馬鹿め、誰が依頼主のことなど話すか。この仕事は口が堅くなきゃやってけねえんだよ。冒険者ギルドです。討伐依頼でした。……え?」


「ああ、まだ効ききってないのかなもっと注ぐか。」


「やめろ、なにをする気だ!?やめてくれ。」


「動くな。黙れ。」


 静かにそう言うと動かなくなった。怯えて動かなくなったわけではない。無理のない体制で不動の態勢を維持している。

 ただ、指示が無い限り反抗的に振舞うのでは意味が無い。

 もっと首筋に注ぐ。


「ん、あぁ。」


「ちょっと変な声出してるんじゃないわよ。」


 アリシアさんご立腹である。

 誤解じゃん。ただの洗脳じゃん。


「それはこいつが変態なのが悪いだろう。俺が悪いんじゃ、すみません何にもないです。今後は気絶してるときにたっぷり注ぎ込んでこのようなことが無いように留意します。」


 怖ぇーーーーー。凄い剣幕でこっちを見てきた。看守の比じゃないって。


「ああ、気持ちよくなってるところ悪いが、早く教えろ。洗いざらい全てな。」


「はぃ。」


 とろんとした瞳で、承諾した。

 暗殺者の名は、ヘラ。表向きはハンターと言うことになっているし、なんなら冒険者ギルドと言う仕事の仲介所から受けることが多い。


 しかし、その裏の顔は暗殺者であり、要人暗殺と暗殺対策をこっそり請け負っている。コードネームは「昏き刃」。彼女の武器である短剣は艶消しの黒だったが、それだけではなさそうだ。明るいところでヘラをよく見ると、黒髪に黒い肌。白目はもちろん白目だが、瞳は赤かった。

 今まで殺した人間は50人以上。いずれも尻尾すら掴まれてないらしい。

 証拠は燃やしてしまうらしいので、足は残らないのだそうだ。


 今回も表の仕事で魔人の討伐依頼が出てきているから殺しに来た。

 血の力を扱う魔人であること、心臓を潰せば死ぬことは聞いていたようだ。


「伝統的な吸血鬼の殺し方ですね。どのおとぎ話でも、吸血鬼は心臓を潰せば死ぬし、死後それになることもないと信じられています。」


 と解説してくれたのはディーナ。


「ああ、そのはずだったのさ。でもなんで心臓を潰して、しかも刃には毒まで塗っていたのに効かなかったんだ?あれで死なない生物なんて、にわかに考えられない。」


 このセリフを聞いた瞬間、ディーナは俺に対して回復魔術を使った。

 さすがだ。びっくりして避けようとしてしまったのは内緒だ。


「え?毒?気づかなかった。」


「さすがね、アル!」


 なんだか鼻高々な感じ。弟を自慢する姉感が出ている。


「はあ、こんな規格外だとは思わなかったよ。で、何をさせる気だい?分からされちまったよ。もうあなたには逆らえない。私の生殺与奪、すべてご主人様の口先次第なんだろう。」


「ああ、その通りだ。とりあえず、気配の消し方とかいろいろ教えてくれ。ほかはあるかな?」


「食料を取ってくるなり、夜警させるなりまあ適当に任せましょう。私も動きやすくなって助かります。まあ、私同様の遊撃戦力と言うことで。」


「分かったよ。」


「むう、絶対にアルは渡さないんだから。」


「はいはい。せいぜい正妻気取ってなよ。あんまりもたもたしてると先に食っちまうぞ。」


「おい、ヘラあまり煽るな。勘弁してくれや。俺には俺の時間があるんだ。」


「ああ、そっちの問題だったのか。分かりましたよ。今晩は私が見張ってるから寝てください。暗対策に関しては私の専門なんでね。」


「ああ、任せた。」


「ええ?アル、信じるの速くない?こいつが操られてる振りとか考えないの?」


「いえ、大丈夫ですよ。確実にご主人様の配下です。私と同じですから。なにか安心感のようなものを覚えます。」


「ああ、だからお前には親近感が働くんだな。同族か。まあ仲よくしようや。」


「うーん、まあ何か通じ合うものがあるならいいわ。さあ、寝ましょう。アル。」


「はっはっは。いいカミさんを持ってるな我が主は。」


 冷やかすことを忘れないのが玉に瑕だが、まあいい買い物だろう。


 ……なお、その夜にアリシア襲われるという事案が発生した。

 やっぱりヘラを引き入れたのダメだったかな?

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