第17話 近くにいようよ

「俺は病気かもしれない。」


「どうしたのですか、ご主人様。」


「朝、白い尿が出ててな。きっと良くない病気なのではないか?」


「……。」


 ディーナは沈黙を貫いていた。いや、貫ききれていなかった。

 クスクスとした笑い声が漏れ聞こえてくる。


「ん?軽傷?軽傷で済むのか?」


「いえ、それは「男になった」ということです。」


「男だが?」


「すみません。その、子を成せるようになったということです。」


「??」


「ああ、そこから説明しないといけないのですね。分かりました。恥を忍んでご説明いたします。」


「ああ、悪い。頼む。」


 なんだか赤面しているので、きっと恥ずかしいことなのだろう。


「いいですか。まず、男と女がいます。かくかくしかじかで、喧々諤々けんけんがくがくすると、できます。そして、ご主人様はその元との成る液体の製造が可能になったわけです。」


「なるほど、合点がいった。だからお前の体には」


「言わないでください!」


 真っ赤になっている。あの時は反抗を禁じるためとはいえ、裸で連れ回したからな。思い出してしまったのかもしれない。


「ごめんて。でも子どもって小さくて弱いんだろ。話によれば。俺と同い年の連中はみんな死んでしまったしな。」


「そう、でしたか。」


「ああ。まあ、あまり覚えていない。気にするな。」


「ただ、だからこそでは?」


「いつ死ぬか分からないのですから、お早めにお子を成しておくべきでは?」


「え?」


「ご主人様はきっと世界を統べるお方です。いいじゃないですか。」


「いや、正直、親を知らないからよく分からんのだ。」


「大丈夫です。子どもを持たないうちに子どもを知ってる者はいませんから。」


「いや、いいよ。まだ13歳だよ。」


「あら、アル、私は構わないわよ。」


「おはよう。アリシア。俺はよくないんだ。」


「申し訳ございません。ご主人様。ただ溜めるのも体に悪いと聞きますので、ご希望でしたら、お申し付けください。可能な限りお相手します。」


「ああ!抜け駆けしないでよ!」


 アリシアが叫ぶ。


「もちろん、奥様が先ですよ。」


「……まだ、結婚してないのになあ。」


 俺のボヤキは無かったことになった。

 勘弁してくれよ。女だ、結婚だ、妻だ、家族だ、俺には無縁だったんだから。


「さて、ご主人様、今後の展望をお知らせしてもよろしいですか?」


「ああ、頼む。」


「今回のように騎士を派遣して潰すことができなかった場合、特にそれがご主人様のようにずば抜けて強い敵だった場合なのですが、教会は暗殺者をよこします。」


「暗殺者?軍隊はもう来ないのか?」


「ええ。軍隊が動けば今回のようにばれます。強者を倒すには寝首を掻くのが一番ですからね。そしてそれが集団ではなく個の力によるもののときは猶更です。しかも、後発部隊は生きて情報を持ち帰っていますから、私が出した戦闘中の混乱が見られる通信と違って信じられやすいでしょう。」


「そうか。じゃあ、アリシアとはもう寝れないのか?」


「逆ですね。一緒に寝てください。」


「え?」


「ご主人様にとって人質として機能するのはアリシア様だけでしょうから、二人が離れるのはかえって危険です。一緒にいてください。」


 おい、アリシア。やった!じゃない。


「やれやれ、アリシアは別に妻ではないんだがな。」


「ええ、形式上はそうですね。」


「そうよ。でも、私はあなたのこと好きよ。」


 眩しい笑顔をぶつけてくる。まったく困った女だ。


「はいはい。分かりましたよ。」


「あなたはどうなのよ。」


「分からない。」


「そんなはっきりと?」


「まず、好きって気持ちが分からない。俺がここに来たのはダン爺さんって仲良くしていた爺さんが殺されちまったからなんだ。いや、遅かれ早かれ病気で死んじまうところだったんだけどよ。ダン爺さんは好きだった。でも、これはお前に対しての気持ちとは違う。」


「そっか。」


「あまりしょげる必要はありませんよ。アリシア様。ご主人様がベッドを許す方は貴方しかいないのですから。」


「あなたは私がアルと結婚すると踏んでいるのね。その言葉遣いを見ると。」


「ええ。なんとなくですがね。お似合いですよ。」


「分かったわ。私、焦らない。」


 あ、俺に対する包囲網がすでにでき始めている。怖いなあ。


「分かった。じゃあその暗殺者が来るまでは3人で一緒に居よう。」


「おや、私も置いてくださるのですか?」


「使えるうちはな。それに妹のためにも死ぬわけにもいかんのだろう?」


「?」


「何を不思議そうな顔をしているんだ。お前がそう言ってたじゃないか。」


「この体はご主人様の盾、命など欠片も惜しくありません。」


 ディーナは表情一つ変えずに言ってのけた。

 妹のために、教会も国も裏切って、服従の首輪というものまでつけて土下座してきた女が、である。

 悪寒が走った。


「おい、悪い冗談だよな。」


「え?いいえ。ご主人様の盾、それが私の存在理由です。」


「……。」


 これにはアリシアも言葉を失っている。

 闘縁の誓い、これほどとは思わなかった。

 絶対服従の眷属を生み出してしまうのか。


 俺は知らねばなるまい。この恐ろしき力の御し方を。

 きょとんとしているディーナのアホ面を見ながら、そう決意した。

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