第14話 闘縁の誓い

「では、」


 ディーナはそう言うと、明後日の方を向き首筋を見せつけてきた。

 先ほどまで裸にしていた時は何も感じなかったのに、なぜだかドキドキする。

 ダン爺さんが言っていた「ちらリズム」というやつか。

 心臓が不埒ふらちなビートを刻む。


「「ん?」」


 困惑の二人?それだけだと何をすればいいのか分からん。


「あれ、ピンと来ませんか?」


「来ないな。」


「牙を突き立てるのです。やり方はご主人様しかお分かりにならないかと。」


「「え?」」


「吸血鬼みたいなことがあるの?」


 吸血鬼なんじゃそりゃ?俺は人間だぞ。


「え?奥様もお気づきでないのですか?どう考えても人間の力ではないでしょう。ご主人様の力は。」


「え?そんな神秘的な力使ってたっけ?」


「ああ、俺に特別な力はないぞ。」


「嘘つけええええええええええ!」


 びっくりした。そんな大きな声を出さなくてもいいじゃん。

 アリシアも怖がっている。


「普通の人間は真正面から騎士団壊滅させたりしません!」


「いや、させたじゃん。」


「……アル、そこじゃないのよ。重要なのは。」


 お、アリシアがなにやら重要なことに気付いたようだ。

 神妙な面持ちでこちらを見る。


「まだ、結婚してないじゃない、私達。奥様ではないのよ。」


「今はそこじゃないいいいいい!でもなんでまだ結婚してないのおおおお!」


 ディーナの顔芸は見ていて面白い。

 いや、首筋を見せつけながら絶叫してるから面白いのだろうか。


「失礼しました。」


 謝罪の時だけ急に素に戻るなよ。

 こほんと咳払い。若干赤面しているのは、テンションの乱高下によるものか。


「とにかく、ご主人様は吸血鬼である可能性があります。あの膂力、格段にいい耳。吸血鬼の特徴です。」


「へえ。というか、俺の耳っていいのか?」


「あの乱戦で私の詠唱が聞こえるくらいには耳良いですよね。突っ込んできた方向もドンピシャでしたし。」


「いや、見えてたぞ。」


「なるほど。夜目も効く。これも特徴です。」


「そうか。もういいや。」


「で、今から行うのは奴隷契約です。この首輪によるものではなく、吸血鬼の力で行ないます。伝承のとおりなら、首輪が砕け、血の力による契約上書きされるはずです。」


「なるほど。アリシアが先と言うのはどういうことだ?」


「はい。吸血鬼はその配偶者、奥様ですね、にも同様の儀式を行います。全てご主人様の物と言うことですね。当然、奥様の方が高位に当たりますので、アリシア様から先にと思ったのですが、奥様ではなかった。」


「はい。……まだね。」


「ああ、まだな。」


 アリシアは顔を赤らめている。風邪とか引いてないかな?


「ああ、罪な方ですね。いえ、なんでもありません。では、私が努めましょう。さあ、牙を突き立ててください。」


 そう言うとディーナは近づいてくる。

 まあ、この胸の高鳴りに合わせて、がぶっと行こうか。


「ん?」


 何かが飛び出したような?でもそれくらいの軽い違和感。


「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 凄まじい絶叫。めちゃくちゃ痛そうだ。

 ディーナが倒れこみ、じたばたともがき苦しんでいる。

 回復魔術も濫発されており、俺との戦闘でもここまで取り乱さなかったのに、どうしたことだろう。


「え?え?大丈夫?ちょっと、ねえ、お姉さん。」


 ディーナの混乱ぶりにアリシアも動転している。

 さっきまで穴だらけにしてやるとか言って、かつて檻の格子だった金属の棒を持ってたとは思えない。

 それくらいの狼狽ぶりだ。


「大丈夫か?」


 と聞いても、首を縦に降るだけで絶叫は止まらない。それは50秒くらい続いた。

 パリン。と言う音が首輪から鳴った。それが終幕の合図。


「はあ、ああ、はあ。お騒がせしました。【闘縁とうえんの誓い】、ここに成りました。」


「とうえん?」「の誓い?」


 アリシアと二人で首を傾げる。


「はい。これで私は貴方様の忠実な奴隷になりました。煮るも役も思いのままです。一説には騎士の契りの儀式、剣を当てたりするものがあるんですが、古くはこれだったとかないとか。」


「ああ、難しい話は分かんないや。腕立て伏せ100回。」


「はい!!」


 言うや否や一瞬で実行した。それ騎士の振舞いかな?話で聞いてる限り違う気もするが、まあおいおい試していけばいいか。


「ところでご主人様には何か変わったことはありませんか?」


「よくわからんな。」


「そうですか。まあ何が目覚めのトリガーになるか分かりません。とりあえず今日はここで寝ましょう。」


「こんなに死体と血にまみれた場所で?」


 アリシアの借りももっともだ。でも地下牢は虫が出るから嫌なんだって。それもそうだ。


「指揮官用のベッドは無事ですし、戦闘にならなかったところもありますから、案内します。」


「俺は血の汚れ吸い寄せるかもしれないから一人で寝るかな。」


 まったく変なことになってきた。


「あ、ディーナ。そういえばなんでお前俺のことに詳しいんだ?」


「ご主人様のことはまだ、ってああ。そういうことですね。ご存じないのですか?この国の王家の血筋は遡ると吸血鬼だったのですよ。」


 もう2000年前の伝承ですけどね、とディーナは笑った。


 そんな昔の話、眉唾もいいところなんじゃないのか?

 45年前のことらしいダン爺さんの武勇伝もだいぶ怪しかったぞ。時が巻き戻るなんてありえないだろうに。

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