第10話 所在なさ

 朝が来た。ブービートラップにひっかかった馬鹿はいなかったようだ。


「さて、飯を調達しに行くか?といっても何が食えるんだろう。」


 森は全く分からない土地だ。どこか懐かしい気持ちになるのだが、それがなぜか思い出せない。

 ん?なんか来た?人間か?

 とっさに茂みに伏せる。


「いやあ、昨日の背教者どもは活きが良かったなあ。」


「おいおい、生意気だったの間違いだろう。反省棒を突っ込んで懺悔させた神聖な行為だぞ。変な風に言うなよ。」


 ぎゃははという下品な笑い声が10人分。看守に似て聞きがたい下品な声だった。

 もしかしてあの村か?アリシアは無事なんだろうか。いや、考えるだけ無駄だ。

 もう他人なんだ。あの不思議な匂いも、柔らかさも。


「なんてことだ。」


 それでも俺の足は勝手に村に行ってしまった。

 すべてが壊されていた。

 せっかく直した家も。ゴブリンの襲撃を凌いだ石の建物も。魔術で粉砕したのだろう。

 見せしめのためか?でも朗報があった。


「ここにアリシアはいない。」


 積み上げられた死体の中に、アリシアは居なかった。


「ここ、しばらく安全圏だったりするかな?いや、ないか。」


 とりあえず、洞窟に戻る。

 ウサギを狩ってきたのだ。


「なんで血が無くなってるんだ?」


 ゴブリンを倒して血で彩った地は、そのような惨劇など無かったかのように血が無くなっていた。


「もしかしてアリシアがここに来た?いや、そんな短時間でこうなるはずないか。」


 森をうろついたとはいえ、そんなに時間は経っていないのだ。この時間できれいさっぱり落とせるほどの量じゃない。

 怪奇現象だ。

 待てよ。そもそも朝は全く気付かなかったが、これ起きた直後からそうだったんじゃないか?


「怪異だな。気持ち悪いし、移動するか。」


 結局、壊滅した村に戻る。完全な森の中で生きていけるほど、俺は適応できていない。石がある方がいいのだ。

 結局アリシアの村に戻る。建材はそこら中にあるわけで、急場しのぎのテントくらいは作れるだろうとの算段だった。


「おう、見ねえガキだな?お前もごみ漁りかい?」


「誰?」


「誰っておめえ、見てわからねえか?山賊だよ。といっても、税金から逃げ延びただけの腰抜けだけどな。」


「そう。見ない顔なのはお互い様じゃないかな?」


「……まあ、そうだな。」


 なんか面倒そうなガキを見つけちまったとか思ってそうな顔をしている。


「とりあえずこの家に手を出すのはやめてもらおうか。」


「ああ?なんで俺がガキの指図なんか受ける必要があるんだ?」


「その家はアリシアの家だ。奴はまだ生きてる。持っていくのは泥棒だぞ。」


「今さらそんな決まりが守れるかよ。領主の命令に逆らって、死刑上等で逃げて来たんだ。ためらうわけないだろう。強盗でもあるまいし。それにもし必要になったら強盗も殺しもやるしかないだろうが。」


「二度は言わないぞ。退け!」


 殺気を醸し出す。


「ひい、分かったよ。この家からは取らねえ。な、だからほかの家はいいだろう。」


「……。」


 あご先でどっか行けと示す。わざわざ許可など出さない。勝手にすればいい。

 これはただの自己満足だ。彼女が戻ってきたときに、家くらいあったっていいじゃないか。


 そう思って建築を開始する。もうほとんど崩れてしまって、改修どころではない。

 あばら家のようなものしかできないが、雨風が凌げればいいだろう。


 そうこうしているうちに数日が経った。アリシアは戻らなかった。

 でもへんな奴らがやってきた。

 フルプレートメイルに身を包んだ騎士が二人。


「おい、小僧。お前はこの村の者か?」


 第一声がこれだ。


「いや、違う。放浪中に行きついただけだ。」


「この村は聖騎士団の裁きにあった。魔女を中央に据えていたようだからな。この村の者であれば死ななければならない。もう一度問おう。この村の者か?」


 おいおい、帯剣している得物に手を掛けながら聞くことかよ。


「いや、本当に違」


「嘘だな。その目は反逆の目だ。死ね!」


 ブロードソードと呼ばれるやつだ。数打ちの安い奴。それで突いてきた。

 もうちょっとまともな殺害理由を思いつけなかったのだろうか。


「先に手を出したのはそっちだぜ。」


 左の親指と人差し指で挟む。剣はそれ以上進まなかった。


「な、こいつ、なんて馬鹿力だ。」


「ほら、返すよ。」


 そのまま押し込む。一瞬だった。

 騎士の肘は曲がり、柄は鎧を貫通し、そのまま心臓に達した。

 血が噴き出る。


「なに?おのれ化け物。ここで死ね。【ウィンドソード】。」


 魔術と言うやつか。空気の層が剣にまとわりついている。

 何かをされても面倒だ。死体を鎧ごと蹴っ飛ばす。

 騎士は砲弾となって騎士を砕いた。

 そのまま木々を2本なぎ倒した。


 ひしゃげた鎧は肉を押しつぶし、すりつぶし、熟れすぎた果実のように炸裂した。

 騎士の眼は、しかと自身の殺戮者を刮目することとなった。暗い森の土の上で。


「はあ。厄介だったな。でもこの鎧、この間も見た気がする。そうだ、この紋章。」


 腕の部分に刻まれた紋章に見覚えがあった。円と十字と鷹の意匠。

 この辺りにこいつらの居城でもあるのだろう。

 ああ、殺し尽くさないで、居場所を聞けばよかったな。


 武器とか使えそうなものは奪っておこう。この腕の紋章は、要らないな。

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