第9話 森 雨 夜

 とぼとぼ歩く。あてはないのだ。どこかに暮らしやすい洞穴はないだろうか。

 そう考えた時、笑いが止まらなくなった。

 せっかく穴から出てきたのに、また穴に戻るのか。

 まあ、坑道は別に暮らしにくいわけでも無かった。

 あんな所でも俺の生まれ育ったところだし、そんな生活をずっと続けてきた。


「でも、あいつ助けてとか言わなかったな。まあ、あいつの家はあそこだからな。」


 なぜかは分からないが、アリシアの顔が思い浮かんで、そのまま消えていかなかった。でも、しょうがないのだ。俺がそのままあそこにいたら、奇跡の子が来てないか?って取調を受けることになるだろう。


「でも、あったかかったなあ、あいつ。」


 そういえば、生まれてこの方一人で暮らしたことなんてなかった。

 坑道は集団生活を余儀なくされたし、昨日はあいつが居たんだ。


「やめよう。全部忘れよう。あいつはあっちの暮らしを選んだんだ。それでいいんだ。」


 地面に落ちていた小石を拾って、投げつけた。

 それは幹を揺らし、樹上の鳥が慌てふためいて逃げていった。


 雨が降り始めた。ウサギが一匹走っていく。

 あいつ、たぶん濡れない場所を知っているんだな。そう直感した。


 なんとかありついた洞窟は、血の海が広がっている。

 主犯は俺なんだけど、ゴブリンどもが住み着いてたから一掃した。

 血の匂いはあまり気にならない性質なので、今日はここで寝よう。

 残党が戻ってきたときに気付けるようにブービートラップやらを用意しておこう。

 懐かしいなあ。住めば都というらしい。……今日は何度も懐かしくなる。


 そうやって太陽を地平線の彼方へと追いやった。

 彼は俺の友達になってくれないのだからいいのだ。

 ま、その日はずっと雨だったけど。





 一方そのころ村では、


「アリシアはイバンのところに嫁ぐがよいじゃろう。」


「え?嫌です。」


「嫌なものか。女一人でどうやって生きていく。みんなの慰み者になるか、イバンの女になるかじゃ。みんなそうじゃった。誰一人として、結婚相手を自分で選んだものなどおらん。村で今妻帯していないのはイバンしかいないのだから、早うくっつけ。まあイバンの年では長く持たないだろうから、そのあとはまた若い男とくっつけばええじゃろう。」


「……はい。」


 そんなやり取りが行われていた。

 そこへ急な来客があった。


「もし、村長殿はどちらかな?」


 雨に濡れた白銀の鎧。それを纏ったものが二人。村長の戸を叩いた。


「おやまあこれは騎士様、どうしてこんな辺鄙なところへ?村長は夫が死んだものですから、今は私がやっておりますが」


「ああ、そうでしたか。じゃあお前が魔女だな、殺せ!」


「きゃああああああああああああ!!!!」


 アリシアの絶叫が村の警鐘の代わりになった。

 しかし、既に時すでに遅く、老婆は喉を掻き切られ息絶えていた。


「ああ、ばあ様!貴様よくもばあ様を、ぐえ!ぎゃあ!」


 騒ぎを聞きつけて来た若者は切って捨てられた。槍にそれなりの自信があったようだが、フルメタルプレートの鎧は切っ先を通さず、対する成年の防御は貧弱だった。

 しかも2対1である。

 青年は頑張った方だ。騎士は鎧を頼んで攻勢に出ることはできず、後ろから3人目が切りかかるという形でしか、彼を無力化できなかったのだから。


 アリシアは肝の据わった女ではなかったが、逃げるべき時に逃げられるだけの胆力は持ち合わせていた。男どもがやってきては殺されている隙に、村長の裏口から逃走を図っていた。その隙を作ったのは槍の青年であった。


「ははは、殺せ、この村の者は残らず殺せ。神に徒為す背教者どもだ。我々聖ガルス騎士団に歯向かうなど言語道断だ。殺し尽くせ!」


 騎士は全部で10人ほどは居た。村の出入り口を張る者、村の中央で待機する者。そして殺戮が始まった。彼女の悲鳴が聞こえず異変に気付かなかった者は突然家に押し入られて殺された。女は殺されなかったが、一か所に集められていた。

 これからわが身に起こる惨禍と雨に打たれる寒さとで、身を寄せ合って震えていた。

 そこにアリシアの姿が無かった。アリシアは村の中では格別美しい娘ではあったので、騎士は悔しがった。

 しかし、彼らには当座の嗜虐心を満足させられるだけの獲物が既に確保されていた。

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