第6話 孤独な少女アリシア

「さ。ここが我が家よ。」


 そう言う彼女の後ろには、立派な家が建っていた。だが、ところどころ壊れた場所がある。


「この間まで住みやすかったのだけど、お父さんもお母さんも連れ去られちゃったの。で、一人残されたの。」


「アリシアは捕まらなかったの?」


「うん。私は森に出ていたから、出くわさずに済んだの。でも家を荒らされてて、金目の物も持っていかれちゃったの。」


「賊ってやつか?」


「いいえ、多分領主様じゃないかな。お父さんを手許に置いておきたいとかで、無理やりね。あの野郎。お母さんは人質だと思う。村の人はあんまり連れていかれなかったし、盗まれてない者も多いの。」


「まあ、賊なら目撃者は全部燃やすか。」


 そういう囚人もいたなあ。気味悪がってみんなから煙たがられたけど。


「そう。まあ、領主は得たいものを得たでしょうから、暫くここは安全だと思うから、とりあえず修繕したいわね。」


 なるほど腑に落ちた。彼女は俺が力仕事に必要と思ったから連れてきたのだろう。


「なるほど。力仕事なら任せろ。」


 夜は思いのほか早く来たが、それまでに外壁の補修は終わった。坑道の暮らしはDIYの精神が、それだけが生きる糧だった。無慈悲にも看守に壊されたりと言うこともあったけれども、どこで何が役に立つのか分からないものだ。

 いろいろとダン爺さんに教えてもらったっけなあ。


「さて、ご飯にしましょう、ってあなたの名前決めてなかったわね。」


「ああ、坊主でいいぞ。」


「ダメよ。なんかないの気に入ってる名前とか?」


「んー、ない。」


「じゃあ、適当につけるわ。そうね。アルテームなんてどうかしら?」


「いや、長いな。アルでいいよアルで。」


「じゃあ普段はそれで呼ぶわ。正式な名前はアルテームだからね。」


「はい。なんでもいいよ。」


「もう、アルったら、照れてるのが隠せてないよ。」


 そうだろうか。名前を呼ばれたとき、少しくすぐったいようなむず痒かったような不思議な感覚を覚えたことは否定しないが、別に顔は変わってないはずだ。

 俺は全身に着いた埃を洗い落とすために井戸水を被った。


「はいはい。じゃあご飯にしようか。」


 やれやれ、やっと飯にありつける。食事前の待てほどきついものはない。


「「いただきまーす。」」


 アリシアが驚いていた。お前食前の儀礼を知っていたのかと。当たり前じゃないか。これをやらなかった者の食事は、看守の物になるんだ。


「うま。美味い。うめえよ。うまい。うま。熱つ、でもうま。」


 アリシアの料理はびっくりするくらい美味かった。若干、味付けが濃いくらいか。逆か、俺の食ってたものが薄味すぎたのかもしれない。


「お粗末様。そんなに美味しそうに食べる人は初めてよ。さあ、まだまああるからたくさん食べて。あなたくらいの男の子はたくさん食べるでしょ。」


「うん、食べる!」


 手が止まらなかった。外を懐かしく言っていたあいつらの気持ちが少しだけ分かった気がする。この味を知ってしまったら、温かいスープが飲めるなら、あんなところは地獄でしかなかったはずだ。

 男の子ってどんな食べ物だったか?あ、女の反対だな。危なかった。美味いのかと聞くところだった。でも言ってしまっても良かったのかもしれない。きっとカラカラと音を立てて笑うだろうから。


 夕食はあっという間に平らげてしまった。満腹感からもう動けなくなってしまった。そして夕日はもう沈んでしまう。明かりはぜいたく品だ。このまま眠気に任せて眠りに落ちてしまおう。


「お疲れ様。今日は疲れたでしょ。ベッドはパパのを使って。ちゃんと整えておいたから。じゃあおやすみなさい。」


「おやすみなさい。」


 これが音に聞くベッドか。ふかふかすぎて信じられなかった。

 岩盤ではなく天井を見上げて寝るなんて初めての経験だ。ベッドからはなにやら花の香りがする。嫌な匂いでは無いのだが、興奮してしまうな。

 しかし、勢いに任せて外に出てきてしまったが、本当に別世界だ。

 いかんな眼が冴えて眠れないと色々なことを考えてしまう。考えが止まらないせいっで眠くもならない。悪循環だ。そういう時は、今日の疲れたことを振り返るといいらしい。なんだったか。

 川に流されてずぶ濡れになり、家の修繕をしていたんだったよな。

 

 うん、止めた。床の上で寝よう。そう思ってベッドから出ようとした。

 よく聞いたスプリングはそのうえで動きづらいものなんだなと思った時、彼女と目が合った。


「どうした?眠れないのか?俺もなんだ。」


「いや、その、ちょっと怖い夢見てね。」


 なんだか恥ずかしそうにして、何が起きたか、何が必要かを言ってくれない。

 なるほど、コミュニケーションが苦手な奴なんだな。

 炭鉱にもそういうやつはいた。顔見知りが多ければ、そういうやつだと分かってくるからそのうちにもめごとは減るのだ。


「うん。怖い夢を見たのか。何をすればいい?」


「……あのね。一緒に寝てもいい?」


 なんだそんなことか。


「ああ、俺は床の上でいいか?」


「なんで!?」


 え?急に怒ってるんだが?炭鉱の常識は世界の非常識なのかもしれない。炭鉱では岩の上に草を敷いて寝るのだ。みんな一緒に寝ざるを得ない。

 ちなみに俺は寝相がかなりいいそうだ。死んだように寝ているらしい。


「いや、柔く過ぎて眠れないんだ。」


「まあ、同じ部屋ならいいわ。じゃあ、私はベッドで寝るわね。おやすみなさい。」


 彼女は先に寝てしまった。寝息だけが聞こえてくる。かわいい寝息なんだなと聞きいっているうちに、俺も寝てしまった。

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