第5話 邂逅

「誰だ!」 


 目が覚めた。ずぶ濡れになっている。川に流されたのか?

 川の岸辺で俺は意識を失っていたようだ。体に損傷や痛みはない。

 でも今はそれどころじゃない。この目の前の怪物をどうにかしないといけない。


「うわ!あーびっくりした。でも生きてた。良かった。」


 ずいぶん上ずった声を上げる奇怪な生き物だ。そんな甲高い声は、泣き叫びながら鞭は止めてくれと懇願する囚人でも上げないだろう。

 いや、違和感の正体が分かった。大人の大きさぐらいはあるのに、子どもみたいな声の高さをしてるから気持ち悪いんだ。


「大丈夫?怪我はない?あなた、この川の上流から流されてきたのよ?」


 人語を解するタイプの妖怪か。話には聞いたことがある。ちゃんと聞いたことはないが、どいつもこいつも最後には人間を食っちまうのだ。

 じりじりと距離を詰めてくる。こいつ間合いを計っているのか?必殺の間合いを。


「黙れ妖怪め。俺は騙されないぞ。なんで人間のふりをするんだ?」


 語気を強めてそういった。背格好は。俺より少し高いくらいか。

 だが、腕も脚も細い。格闘戦なら負けるはずがない。

 ウェーブがかった金髪は肩まで伸びており、顔は左右対称で端正だ。が、胸に凶器を隠し持っている。はっきりと分かるほどに膨らんでいる。いや、むしろ強調しているかのようにも見える。威嚇なのか?生態が分からない。

 これらの疑問に対して、妖怪の青色の瞳は何も語ってくれなかった。


「ええ?頭を強く打ったのかしら?大丈夫?名前は言える?」


「近づくな。これ以上来るなら殴るぞ。」


「ええ、分かったわ。いきなり近づくとびっくりするもんね。まあそれだけ元気なら大丈夫そうね。」


 そう言うと妖怪は近づくのをやめた。でも、腰を下ろしてまじまじとこちらを見つめている。


「ねえ、名前はなんていうの?行くところある?」


 やっぱりこいつ妖怪だよなあ。

 なにか言ってはいけない言葉があって、それを言うと魂抜かれるとかなのか?


「ちょっと無視しないでよ。」


「しつこいな。なぜ話しかけるんだ妖怪のくせに。」


「え?妖怪?どこからどう見ても人間じゃない。あれ、もしかして手足が多く見えてるとか?これ何本に見える。」


 そういうと妖怪は右腕を高く上げた。


「1本だが?」


 あまりに無邪気だったのでつられてしまった。


「うん?じゃあどこが怪しく見えるの?」


 なんでかは知らないがくすくすと笑っていた。


「は?嗅ぎ慣れない匂い、膝の曲がり方、なにより胸になにか隠し持ってるだろ?」


「え?まあ匂いはしょうがないとして、もしかして、女の人見たことない?」


「おんな?なんだそれ?美味いのか?」


 あっはははは。と女は笑い転げていた。よっぽど可笑しかったのだろう。


「あはは、いや、おもしろい。はははは。」


「おう、楽しいなら何よりだ。」


 こいつ、多分人畜無害な奴だろう。俺だって炭鉱でやばい奴の見分け方ぐらいは習得した。まあ、大丈夫よりだろう。ここまで俺に隙を晒せるんだから。


「で、あなた名前は?」


「俺か?俺は坊主だ。」


「え?坊主、それが名前?もしかしてご両親に虐められたとか?」


 なんだか想像が物騒な方向に転がりだしたぞ。


「いや、俺に両親は居ない。周りの大人から坊主って呼ばれだしてな。」


「そっか、なんか大変なんだね。私はアリシア。」


「アリシアか、変な名前だな。」


「えー、そうかな?どこにでもある名前だけど?」


「隙あり!」

「きゃ!」


 胸に格納された凶器を確認しに行く。ぐにゃりと形変えて、俺の手のひらを包み込もうとしてくる。凶器にしては柔らかすぎないか?この下か?


「痛い、って止めて。」

「ダメだ。武器を持ってるだろ。そんな露骨に隠す馬鹿は見たことがないし、隙を晒してくるアホも見たことはないが、これを確認しないことには信頼できない。」


「いや、それ私の体!」

「そんなわけあるか!いや、まさか病気なのか?」


「いや、違うわ。こんなに女ならみんな持っとるは。たまにない人もいるけど、大なり小なり膨らんでるわ。」

「ダメだ、確認させろ!これが体なわけないだろ?だいいち無駄じゃないか、なんの機能があるんだ。」


 そうして上をひん剥いた。アリシアは少し泣いていた。

 でもそれは笑い転げていたからだった。


「あははは。そんな大真面目にナイフでも見る目つきで胸を見てきた人は初めてよ。」

 結局、上半身を彼女は見せてくれた。

 本当に体なのか?継ぎ目があってなにか隠してるんじゃないか?こねくり回し、上から見たり横から見たり、隅々までチェックしたが何もなかった。


「あー、痛かった。これで信じた?」


 顔を赤らめたまま、彼女は尋ねた。これは相当怒ってるな。

 よほど酷いことをしたのかもしれない。

 上半身を裸にするのは良くないことの可能性がある。


「すみませんでした。」


「うむ。分かればよろしい。女の人はみんなこうして胸があるから、いちいち脱がせちゃダメよ。」


「はい。覚えました。」


「よろしい。なら、うちに来なさい。」


「え?」


「だって行くところないんでしょ。ならうちに来て、ちょうど手伝ってほしいこともあるから。ただじゃないわよ。」


 「ただ」ってどんな意味だったか?交換なしに何かを上げるあれか。


「分かった。」


「うむ。よろしい。」


 そういうとアリシアは俺を案内してくれた。迷子にならないようにと手を取って。彼女からは相変わらず変な匂いがした。でも、不思議と嫌な匂いじゃなかった。


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