第4話 煽動者

 歓声が沸いた。魔術師とは人間兵器のことらしい。単騎で数千の軍勢を葬り去ることのできる戦闘マシーンらしい。

 【鉄琴】のことだ。それを魔術を使わずに倒したのはとてもすごいことらしい。たまりにたまった鬱憤は、爆発を起こし、坑道を伝って外まで出てきたわけだが、その爆炎は陰りを見せるどころか、この戦勝をもってますますもって火勢を強めた。


「なんか守備隊のやつら面食らってたな。」


「馬鹿な奴だよな。魔術師まで穴倉に放り込んでるなんて。」


「よーし諸君、このまま街に行って町長を捉えよう。俺たちの解放命令を出させようじゃないか?」


「「「「「おおおおおおおお!」」」」」」


 歓声が大地を揺らした。

 待て、俺はあいつらに怒りをぶつけただけで、別にそんなことは望んでないのだが。


「この子は奇跡の子だ!神の遣いに相違ない!我々の勝利は約束されているぞおおお!」


 誰が言いだしたんだろう。俺が奇跡の子だあ?まあ一般人が魔術師を殺すのは難しいんだろうが、そんなことで勝利を確信するってどんな神経してるんだろう。

 しかし、その源流不明の熱は、次々に伝播し、政府打倒やら、革命やら、よくわからない言葉を喚いている。

 それらは美味いのだろうか?でもきっと血の味がするのだろう。


「おう、坊主、お前がやったんだってな。なんだその顔は?英雄様じゃねえか。」


 返り血と土埃に塗れた顔だが、見覚えはあった。比較的仲良くしていた奴だ。まあ、剽軽ひょうきんなところがある割にジョークの面白くない奴だが。


「いや、俺、ダン爺さんのために怒っただけだし、別に看守を殺す以上のことはしなくていいんじゃないかな?興味がないというか。」


「おま、ちょっと世間知らず過ぎるだろ。いや、お前はこの炭鉱の外の世界を知らねえもんな。」


「ああ、なにか不都合でもあるのか?」


「ここまでド派手にやっちまったんじゃ、領主も黙ってねえし、規模によっては王様も動くことになるぜ。いまさら引けねえのよ。引いたら最後、俺たちは人殺し、集団虐殺、反逆罪やらで楽には死ねねえなあ。苦しんで苦しんで、最後にやっと死ねればいいが、延命されるかもなあ。」


「え?それだけ?散々、坑道であったことじゃん。」


「ああ、そうだった。そこから教えなきゃなんねえよなあ。あのな、普通はそんな死に方する奴は稀なんだ。威張り散らしてるクソ貴族どもの命令に忠実であるうちはな。自分の娘を差し出して、ボロ雑巾にされて帰されてもへらへら笑ってゴマを擦れるような家畜にはもっと穏やかな死に方があるのさ。」


 よくわからないけど、ゴマを上手に擦ると貴族の気に入る食べ物ができるらしい。どんな味がするんだろう。まあ、それはさておき。


「お前も、いやここにいる奴はみんな立ち上がるしかないんだ。どのみちここに収監されていただけで、反逆に加わったことにされる。裁判もなしに首縛りよ。害獣ってやつだな。貴族どもをぶっ倒さなければ、俺たちは家畜としてか害獣としてか、どちらかでしか生きられねえんだ。分かるな。」


 とりあえずその貴族っていう擦りゴマ大好き生物を殺さないといけないらしい。

 どんな顔かたちをしているんだろう。まあでも好んでゴマを食べてるってことは、暫く与えなければ死ぬのかもしれない。できれば殴る蹴るで死んでくれるとありがたいかな。


「よっしゃあ!行くぞ!目指すは街だ!まずは町長の身柄を押さえろ。」


 そうして俺たちは意気揚々として街に向かった。

 使えそうなものは全部拾って、なんならついでに建物に火までつけてた。

 おい、炭鉱は火気厳禁なんだが。まあ、もういいか。全部灰になってしまっても。  

 ダン爺さんも暖炉の火が好きだったらしいし。


「しっかし奇跡の子、名前はなんていうんだ。」


 こいつは陣頭指揮を執り始めたやつだ。「あなあきすと」とかいう人種らしい。みんなに王様を倒さないと待ってるのは死だけだと言って回ってた。よく口が回る種族だ。

 なんだか知らないが、こいつに会いたいと言われて、下っ端が駆け寄ってきたのだ。俺は炭鉱が燃え始めてダン爺さんの弔いの火にちょうどいいなと思いながら見てたから、どうでもよかったんだけど、周りからイケイケと囃し立てられてうるさかったから来たのだ。


「坊主。」


「ん?はっははは。冗談も言えるのか。凄い奴だ。だが、俺は今君の名前が知りたいんだ。なんて呼ばれてるんだ?」


「だから、坊主。」


 なんだこいつ。俺の名前は坊主なんだが。

 取り巻きがあたふたと事情説明を始めた。ガキはすぐ死んでしまうため、名前なんて付けられないし、あっても覚える奴はいないそうだ。

 え?坊主って名前じゃなかったの?


「ああ、済まない。みんなが混乱するといけないから、君はこれから奇跡の子を名乗ると良い。」


「いや、だから俺は坊主。俺くらいの年の子どもなんて一人もいないじゃないか。」


「そうだね。だからこそ奇跡の子でもあるんだ。君以外はみんな死んだんだから。」


 その「あなあきあすと」は寂しそうに言った。

 近くを流れる川が夕日染まり、物憂げな表情を際立たせていた。

 そして街の城門が見えたころに、爆発が起きた。何発も起きた。

 うるさい。

 上から足が降ってきた。首も降ってきた。何が起きた?


「砲撃だあああああ!嘘だろう?あれは戦争用の……。臣民に大砲まで向けるか。落ちぶれ


 「あなあきすと」の辞世の句だった。俺の意識もそこで途絶えた。

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