第2話 レッドカーペット
目の前は真っ赤だった。ダン爺さんの血だ。懐かしい臭いがした。
つるはしの味がした。
「分かっただろう、さあ働け!死にたくなければな。死なせてくれなどとほざいたら、喜んで殺してやるよ、じわじわといたぶって、働かせてくださいと言うようになるまでなあ。とりあえず懲戒だ。10発受けろ!」
鞭は飛んで来なかった。
「むぎゅ、ぎゃ、貴様、ごぼおお。」
さっさと間合いに入って首根っこを捕まえた。足の鎖につけられた飾りは俺の武器でしかなかった。が、こいつに武器は必要ない。
ボディーを数回殴打する。ごりごりと骨の折れる音がした。こいつ何喰ってるんだ?
「貴様、離せ!」
剣を抜いたままの看守は俺に切りかかってきた。モノを言わなくなった看守を盾にすると攻め手が分からないようだ。踏みとどまってあわあわしている。強力すぎる武器も考え物だな。
わたわたする抜剣看守の目の前で、肉盾看守にパンチを入れる。俺が宙吊りにしているせいか、パンチがしみ込んでかない。もっと内臓にダメージを入れてやりたいのだが。方法が分からない。さっきから骨の砕ける音ばかりが聞こえる。
「貴様!こんなことをして許されると思っているのか?」
「何を言ってるんだ?俺は許さない!お前たちを許さない。ダン爺さんを殺したことを、俺は許さない。」
一言紡ぐたびに怒りは大きくなった。反対に声は冷たく小さくなっていた。
「ききききい、貴様、たち、た、立場を弁えろおお!」
抜剣看守は自分が小便を漏らしていることに気付いているだろうか。
よかったな。肉壁看守はもう意識が飛んでいるみたいだし、心臓の鼓動を感じない。俺は少しだけ達成感を覚えた。俺の世界で、不協和音を構成する音が一つが消えた。
ああ、でもまだ足りない。目の前の雑音を排除しなければ。
まだ生きているかもと思うと、剣を思いきり振れないらしい。
しかし喧騒がだんだん大きくなってきた。これは他の看守どもも来るな。
ダン爺さんが言っていた。仕事は小さいうちに終わらせた方がいい。
ああ、もっと踊っていたかったな。
「ぶぎゃあ!」
棍棒で叩きつぶす。と言っても人体をそのまま流用したこん棒なわけだが。
やはり
さて、これで棍棒は2本あるな。右手を握って振り回すと左足の踵がちょうどいい感じになる。
子供の頃、両親の間に入り片手ずつ手を握ってもらったもんだ、と言っていたのはダン爺さんではなかった気がするが、こんなふうな高揚感を覚えていたんだろうか。
さて、2本のこん棒を持ってお出かけだ。次から次へと未来の棍棒が出てくる。手には剣と盾を握りしめて。
「妬いちゃうねえ。浮気者かな?」
何やらわめいているが、意味のある言葉を発してほしいものだ。さすがに「ぶげ」「ぼぐ」「っお」「ぎゃ」だけで意思疎通を図ろうというのは職務怠慢ではないだろうか?
「俺もひとのこと言えねえな。最初のこん棒はここで乗り換えるんだもんな。罪な男だよなあ。」
炭鉱夫は沸いていた。まあ、囚人と言った方が良かったのかもしれないが、俺はずっと炭鉱夫だと思っていた。今なら脱獄できると、歓声を上げていた。みんながみんなつるはしやらで足の鎖を壊して、自由を勝ち得ようとし始めている。
「おいおい、浮かれんなよ。ほら、お前にもこん棒やるよ。」
「馬鹿言うな、つるはしの方が便利だ。やっぱりお前は力持ちだなあ。」
がははと笑って上へ上へと進んでいく。騒ぎを聞きつけた看守が隊列を組んで妨害に来ているが、やはり肉盾戦術は効くな。無碍にできないのだろう。とっくに死んでるのにね。
頭が取れたもの以外は持って来てよかった。まあ、首なし看守も80㎏あるから、投擲兵器として有用ではある。うーん。ダン爺さんの教訓は生きるなあ。「もったいない」だったか。使えるものは何でも使え!使えないものはどうにかして使えだ。ああ、寂しくなるなあ。
せめて華々しくいこう。これは葬儀であり弔いなのだから。
行く道の先々で悲鳴が聞こえた。それは囚人のものだったり、看守のものだったり様々だ。踏みつぶした遺体にお礼参りをしている囚人もいた。そいつの体には焼き印が入っていた。
ごめん。そいつの息の根止めちゃった。おすそわけの精神が足りていないのは反省すべき点だ。でも、今は上へあがろう。面白いものがありそうだ。
予感は的中した。看守が開けてくれと騒いでいた。
鉄格子が降ろされて出入りできなくなっている。
「やつら、下っ端切り捨てて逃げ出したんか。仲間思いなことだ。」
熱烈な歓迎をしようじゃないか。まあ、俺は十分歓迎しているから、ついてきてる面々に任せるとしよう。
新入りは特に恨まれていたみたいで、もみくちゃにされていた。まあ、冥界の新入りと言う意味なんだけど。
鉄格子ねえ。
両の手でつかんでこじ開けた。あっさりとしている。大した強度じゃないじゃん。
ごめんね、もう少し早く来ていれば、君は助かったかもしれなかったのに。
新入りはもうこん棒としても肉盾としても機能しそうになかった。
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