第6話 エピローグ
家に戻り、今日一日の出来事を思い起こしながら、ほうっと息を吐く。我ながら、今日も頑張れたと自身をねぎらう気持ちになった。風呂を浴びてから、馬刺しとからしレンコンをつまみに、当地にある工場で生産された缶ビールと球磨焼酎で晩酌して、原八分目。
早々と寝床に入った。
てもちゃんが布団に潜り込んできた。
「じいじ、一緒に寝ていい?」
「いいよ。でも、今日は疲れたので、大きないびきをかくかもしれないよ。」
「構わないよ。じいじのいびきは地鳴りのようで、大地のエネルギーを感じてかえって安心する。」と言って笑う。
それから、何かおとぎ話をしてとリクエスト。大好きな桃太郎の物語を話して聴かせる。私の話す桃太郎の物語は、勧善懲悪の英雄伝説ではなく、人々の心に潜む闇である「鬼」を退治して、平和な世の中を実現しようとする冒険の旅の物語なのである。何度も繰り返し話すので、飽きてしまうのではないかと思うのだが、てもちゃんは、「その話好きよ。」と言ってくれる。いくつかの短いエピソードを一通り話して、背を向けてすーすーと寝息を立てているてもちゃんに静かに語り掛ける。
「疲れたから、じいじももう寝るよ。」
寝ていると思っていたてもちゃんが、向こうを向いたまま返事する。
「寝るのが一番よ。頑張りすぎちゃだめ。若返るって、無理して過去に戻ることではないのだから。若い気持ちで明日に向かうということなんだから。眠って、疲れを癒さなくちゃね。ゆっくり休んで、明日また頑張ればいいのよ。今日は、お疲れ様でした。」
響子の声のようにも感じられた。妻が私の心に語り掛けているのかもしれない。誰であろうと、それはどうでもいいことだ。
「そうだね。おやすみ。」
「おやすみなさい。じいじ、大好きよ。」
幸せを感じた。また元気が蘇ってきたように感じる。幸福感や満足感は、老い防止の特効薬なのかもしれない。
「さあて、明日は、どんな冒険が待っているかなあ。楽しみだ。」
独り言して、目を閉じる。ストンと眠りに落ちた。
廊下を行きかう研究員たちは、目の前に親父さんが立っているのに気が付いて目を丸くした。けれども、びっくりしたのではない。ずっとそこにいたのに認識していなかったかのように、あっけにとられたのである。探し物がすぐそこにあるのに、目に入らず、気付かなかったときの、あの不思議な感覚に似ていた。それに、親父さんをベランダ以外の身近なところで見るのは初めてだった。ホログラムなのかとも思った。
「本物だよ。驚かせたかな、すまないね。」
親父さんが、戸惑いを隠せない研究員たちに向かってそう言う。澄んだ優しい声だ。老人の声ではなかった。研究員たちはいっせいに首を横に振る。
親父さんは、皆を見回しながら、少し厳しい口調で呟く。
「魔が身近に迫っている。感じるんだ。」
研究員たちに緊張が走る。親父さんはその様子を見て取って、
「だけんほ、行かなんとたい。」
その場の雰囲気を和ませるように微笑みながら言う。研究員らに微かに安堵の表情が浮かぶ。
親父さんは、すぐに真顔に戻って、
「闘いは本意ではないが、何とかしたいんだ。」
そう呟いて、もう一度皆を見回すようにしながら言う。
「後のことは任せたよ。よろしく頼む。」
研究員らは、皆一斉に深くうなづいた。そして、親父さんが少しずつ金色に輝きながら昇華するのを、信頼し安心しきったような穏やかなまなざしで見送った。
カルトラモン・もっこすことKの冒険は、まだまだ続く。
了。もとい、あとぜき。
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