証言。 

「――大きくなられましたね、マティスさま」


 遠くからでも、マティス殿下のことが見えたようだ。涙を浮かべながら、ぽつりとつぶやくジェマに、彼はグラエル陛下に声を張り上げる。


「父上! ばあやを……彼女を追い出したのは本当のことですか!?」

「それも証拠がないことだな」

「証拠なら、ありましてよ」


 パーティー会場内に、凛とした声が響いた。


 コツコツと足音を響かせながら現れたのは、エセル王妃だった。……パーティー会場にエセル王妃がいらっしゃったことに、思わず目を見開く。彼女はわたくしたちに視線を向けると、スタスタとこちらに足を進める。


「マティス、歯を食いしばりなさい」

「――え?」


 パシィン! とエセル王妃がマティス殿下の頬を平手打ちした音が響く。


 わたくしは目をまたたかせてしまった。


「は、母上……?」


 叩かれた右頬に手を添えて、信じられないとばかりに目を瞠るマティス殿下。


「――カミラ、マーセル、あなたたちの入れ替わりが陛下の指示であったことを、わたくしが証言します」


 まさか、エセル王妃がこの場にきて証言してくれるとは思わず、じっと見つめた。すると、彼女はわたくしたちからグラエル陛下に視線を移し、「これが証拠です」と魔法石を取り出した。


「これは……?」

『確か、カースティン男爵夫妻と、ベネット公爵夫妻の子の誕生は同じくらいになりそうだったな? そして、カースティン男爵には借金がある。オリヴィエの血筋を王族に入れることができるチャンスだ』

『お、お待ちください、陛下。金貨と引き換えに子どもを入れ替えようとおっしゃるのですか?』


 グラエル陛下と……これは、お父さまの声?


『そうだ。お前のところにはすでに血の繋がった子どもがいるだろう。オリヴィエの子を公爵令嬢に仕上げてくれ。マティスの婚約者にする』

『そんな……』


 ……お父さまは、最初から知っていたの? 知っていて、ホテルのラウンジであんなふうに言っていたということ?


 血の気が引いた。……グラエル陛下、カースティン男爵、そしてお父さまが結託してわたくしたちを取り替えたの!?


『あとでカースティン男爵も連れてくる。万が一子どもたちにバレた場合のことも話し合わないとな』

『……陛下はどうして、そこまでオリヴィエ嬢の子を……?』

『愛しているからさ。愛しているから……彼女の血筋を王族に入れたい。王族としての子を産んでほしい。それだけの話だ』

『オリヴィエ嬢の子どもの性別は、生まれてみないとわかりませんよ』

『男だとしたら、娘の婚約者にするさ』

「うわー……。すごいね、この国の陛下」


 ぞわりと鳥肌が立った。そんなわたくしに、レグルスさまがぽつりと言葉をこぼす。彼の言葉は、静まり返ったパーティー会場内に、よく響いた。


 学園のパーティーには、学生たちの保護者もきていた。貴族しか通っていない学園だから、きっとすぐに噂は……いいえ、事実は広がるでしょう。


「……ぁあ……」

「オリヴィエ!」


 どうやらあまりの出来事にオリヴィエさまは気を失ってしまったらしい。カースティン男爵が慌てたように彼女を支えようと手を伸ばしたが、オリヴィエさまのご両親かしら? 白髪の男性が彼女を受け止め、ギロリとカースティン男爵を睨んだ。


「――あとで話を聞かせてもらおう、ノラン」

「……はい」


 意識を失ったオリヴィエさまを、心配そうに眉を下げて支えている。……家族って、きっとこういうものよね。


「――エセルさま、証言をありがとうございます」

「わたくしも、知っていたのに黙っていたのだもの。同罪だわ。カミラ、マーセル。あなた方に心からの謝罪を」


 すっとわたくしたちに対して頭を下げるエセル王妃に、わたくしたちはぶんぶんと首を横に振った。そして、頭を上げたエセル王妃はマティス殿下に顔を向けて、すぅっと大きく息を吸い――


「マティスとカミラの婚約を白紙にすること、王妃であるわたくし、エセルが認めます!」


 そう、断言してくれた。


「エセルさま……」

「なにを勝手なことを!」

「勝手なのは、あなた方でしょう! あなたの恋愛事情なんて、子どもたちには一切関係ありませんわ! この子たちは被害者です!」


 パンパン、とエセル王妃が両手を叩くと、騎士たちがパーティー会場に足並みをそろえて入ってきた。そのことに驚いたのはわたくしたちだけではなく、グラエル陛下もだったようで、「なんの真似だ!」と叫ぶ。


「前王陛下から頼まれていましたの。あなたがおかしなことをしたのなら、目覚めさせる必要があると――グラエル陛下。妻として、あなたのことを止める権利が、わたくしにはあるのです」


 そう宣言するエセル王妃は美しかった。


「は、母上……?」


 呆然としたまま、マティス殿下がつぶやく。


 まさか、パーティーがこんなふうになるとは思わなかった。騎士たちが勢いよくグラエル陛下に向かっていく。


「レディ、バリアは張れるかい?」

「え? ええ……」

「じゃあ、みんなでバリア張っといてくれない? なんか、ちょっと面倒なことになりそうだから」


 レグルスさまに問われて、こくりとうなずくとそんなことを言われて「え?」と聞き返した。でも、彼はずっと陛下を見ていて……いったいなにが起こるのかわからないけれど、胸の奥がざわついた。


「……レグルスさまは?」

「ちょっと助太刀に」

「気をつけてくださいねー。さて、カミラさま、マーセルさま、マティス殿下。魔法でバリアを張って、みなさんを守りましょうー」


 にこり、と笑みを浮かべながらブレンさまがのんびりとした口調でわたくしたちを見渡す。


 顔を見合わせてから、これは緊急事態なのだと考え、こくりとうなずいた。

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