カミラの宣言。

 それと同時に、マティス殿下が負けるなんて……という声もちらほらと聞こえる。レグルスさまに賭けていた人たちの喜びと、マティス殿下に賭けていた人たちの落胆ぶりが見えて、肩をすくめる。


 マーセルがマティス殿下のもとに駆け寄っていくのを見て、わたくしもレグルスさまのもとへ近寄った。


「お疲れさまでした、レグルスさま」

「いやいや、ショーはまだこれからだろう?」


 レグルスさまはパチンと片目を閉じる。


 そう、ここからはわたくしの番。にこりと微笑みを浮かべて、うなずいてみせた。


「お二人とも、白熱の戦いでパーティー会場を盛り上げていただき、感謝します」


 すっとカーテシーをして、会場内の注目を集める。


「白熱の一騎打ちを見せてくださった二人に、盛大な拍手を!」


 顔を上げてから、率先して拍手を送ると、パーティー会場にいる人たちも拍手をしてくれた。


 しばらく続いた拍手がみ、わたくしはマティス殿下とマーセルの前に立った。ここから先の展開で、どうなるのか、わたくしにもわからない。


 でも――わたくしはもう、決断したの。


「マティス殿下。わたくし、すべてを知りましたわ。だから……」


 一度言葉を切り、誰にも気付かれないように深呼吸を静かにしてから、口を開く。


「わたくし、カミラ・リンディ・ベネットは、マティス殿下との婚約を白紙にすることを、ここに宣言します!」


 パーティー会場内に響くように、大きな声を出した。こんなに声を張り上げたこと、初めてだわ。


 一瞬、静まり返ったパーティー会場内だったけれど、すぐにざわつき始めた。


 それもそうよね。ずっとマティス殿下の婚約者として過ごしていたわたくしが、公衆の面前で婚約を白紙にすると宣言したのだから。


「……なにを、言って……」


 マティス殿下はこれ以上ないほど目を見開き、それからふるふると肩を震わせた。


「理由はあなたが良く知っているはずですわ。それに――……」


 そっとレグルスさまの隣に立ち、斬られた彼の頬に手を近付ける。


 ぽわりと柔らかい光が彼の頬に触れると、すぅっと傷が癒えていく。そのことに気付いた人たちが、「神聖力……?」とつぶやいた。


 神聖力を使えるのは、この国でオリヴィエさまたちの家系だけ。


 つまり――わたくしは公爵家の令嬢ではないと、周りに見せつけることで、婚約を白紙にすることを思いついたのだ。


 周囲の人たちは、ざわざわとわたくしたちのことを話している。


 なぜわたくしが公爵家の人間として生きていたのか、勘の良い人はきっと気付いているでしょう。


 さぁ、ショーはまだ終わらないわ。ここから、また、追撃をするの。


「そして、マティス殿下の次の婚約者には、マーセル・カースティン男爵令嬢を推薦しますわ」


 わたくしの言葉に、周りはさらにざわついた。


 カースティン男爵夫妻と、ベネット公爵夫妻をチラチラと見る人たちもいる。


 あら、お父さまもお母さまも顔が真っ赤。きっと、マティス殿下が勝つと思っていたのでしょうね。


「そ、それはなぜなのか、聞いても良いですか?」


 おずおずと審判をしていた先生が聞いてきたので、こくりとうなずく。わたくしはマーセルに近付いて、彼女の手を取った。


「彼女が、本当の公爵令嬢だからです」


 しん、とパーティー会場内が静まり返った。誰もなにも言わない。ただ、わたくしたちを視線で刺すだけ。


「わたくしとマーセルは、生まれたばかりの頃に入れ替えられました。……陛下、どうしてわたくしたちを入れ替えることを、提案されたのですか?」


 話の矛先をグラエル陛下に向ける。陛下はずっと黙っていたけれど、上からわたくしたちをじろりと睨むように見下ろしていた。


「なにを言っているのか、さっぱりわからないな」


 すんなり認めるとは思わなかったので、許容範囲の答えだった。ブレンさまに視線を移すと、彼はこくりとうなずいてパチン、と扉を開ける。


 パーティー会場に入ってきたのは、老婆だった。その隣には、クロエの姿が見える。


「ばあや……」


 マティス殿下がそうつぶやいた。そう――彼女は幼い頃ずっと、マティス殿下のことを支えていた乳母だ。――でも、彼が十歳の誕生日に、突如城から追い出された。


「……私が、証言します。カミラさまとマーセルさまの入れ替わりを、陛下が指示していたことを」


 マティス殿下の乳母の名はジェマ。彼にたくさんの愛情を注いだ人。


「私は……ある日、グラエル殿下とエセル王妃の話を聞いてしまいました。カースティン男爵夫妻とベネット公爵夫妻の子どもを入れ替えたとはどういうことなのか、と陛下に詰め寄るところを見てしまったのです」


 ジェマはそのときのことを語った。元々、エセル王妃の侍女だった彼女は、彼女が産んだマティス殿下のことをとても愛し、乳母として彼の成長を見守っていた。しかし、滅多に会いにこないグラエル陛下に、一日に一度、数日に一度でも良いので会いに来てほしいとエセル王妃に頼みにいったとき、その話を聞いたらしい。


 それがグラエル陛下にバレてしまい、彼女は城から追い出された。身一つで追い出されたようで、途方に暮れていた彼女はある孤児院で『手伝ってくれるなら、衣食住は保証する』と言われて手伝いを始めた。――まさか、その孤児院が、クロエのいたところだったとは……


 クロエはジェマが城から追い出されていたことを知っていた。喉が渇いて水をもらおうとしたところ、彼女が孤児院の院長と話していることを覚えていたのだ。クロエとジェマはパーティー会場内には入っていない。


 ギリギリのところで立ち止まり、証言している。声が大きく聞こえるのは、ブレンさまが仕掛けた魔法の効果だろう。


 会場内のどこにいても声が届くようにする、と前日に言っていたことを思い出し、彼は魔法を自由自在に扱える人なのだと、尊敬した。

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