一騎打ち。
「お手柔らかに」
「こちらこそ」
レグルスさまがにっと白い歯を見せ、マティス殿下がぴくりと眉を跳ね上げる。
この一騎打ちのジャッジをするのは、騎士学科の先生だ。先生はすっと手を上げて「互いに正々堂々戦うように」と言葉を紡いでから、
「始め!」
手刀するように右手を真っ直ぐに落とす。戦いの合図が出ると、二人は鞘から剣を抜いた。
そして、互いの出方をうかがうように、動かない。
ピンと張った糸のような緊張感に、思わず息をするのも忘れてしまう。
先に動いたのは、マティス殿下だった。
勢いよくレグルスさまに向かっていく。キィン、と剣と剣のぶつかる音が、パーティー会場に響く。
ぐぐぐ、と互いに譲らない。
「あ、始まりそうですねー」
「え?」
ブレンさまが目元を細めてつぶやいた。彼はじっとレグルスさまを見つめている。
「くっ」
マティス殿下の声に、そちらを見るとレグルスさまに押し負けたのか苦しげな表情を浮かべていた。
「今度は、こちらから」
レグルスさまがそう宣言すると、攻撃を仕掛けた。それも、何度も。
マティス殿下は
攻撃の予想ができない。訓練を受けている人だと、その通りになりやすいと聞いたことはあるけれど、彼の攻撃にパターンはなく、ギリギリで避けているマティス殿下もすごいと思ってしまう。
マティス殿下、本当に実力者だったのね。
でも――レグルスさまはそれ以上に見えるわ。避けるだけに精一杯なマティス殿下は、体幹がブレてそのうちバランスを崩しそうだけど、レグルスさまは逆に見える。
「体幹はレグルスさまのほうが良さそうね」
「大事ですからね、体幹。そして思ったよりもマティス殿下もやりますねぇ」
しみじみとブレンさまが口にするから、くすりと笑ってしまった。
「リンブルグで負けなし、というのは本当のようですね」
「レグルスさまの強みは、それだけではありませんよー」
「え?」
キィィン! と金属がぶつかり合う音に、二人に視線を戻す。
少し汗がにじんでいるマティス殿下と、少しも汗をかいていないレグルスさま。
ちなみになぜわたくしたちが、彼らの姿と声をハッキリ観戦できるかというと、ブレンさまの魔法のおかげだ。
「……マティスさま」
はらはらとしたように、胸元で両手を組んでマティス殿下を見つめるマーセル。彼女の目には、きっとマティス殿下しか映っていない。
「どうか、怪我をしませんように……」
祈るような言葉に、わたくしも同じことを思った。
戦いはまだ続いている。どんどんとレグルスさまの攻撃のスピードが上がっているような気がして、ブレンさまを見上げる。
「大丈夫ですよ、ちょっとしたアクシデントはあるかもしれませんけれど」
「アクシデント?」
ブレンさまのどこか確信めいた言葉に、思わず眉間に皺を刻む。レグルスさま、いったいなにをしようとしているの……?
胸の奥に不安を感じながら、白熱する戦いをじっと見つめた。
レグルスさまの攻撃をマティス殿下はずっと
彼よりも騎士学科の人たちの実力が下なのか、それとも――騎士学科の人たちが、マティス殿下にわざと負けていたか……
「……あ」
ザシュ、となにかを
レグルスさまの頬から、大量の血が流れている。思わず彼のもとに行こうとしたわたくしの腕を、ブレンさまが掴んで止める。どうして、と声にならない声で問うと、彼はただ首を横に振るだけ。
「……人を斬ったのは初めてか?」
「ぁ、ぁ、あ……」
「ほら、大丈夫ですよ、カミラさま。レグルスさまはわざと斬られたのですから」
レグルスさまの問いに、マティス殿下はなにも答えられないようだった。
「わざと?」
「マティス殿下ね、いつも数分で勝っちゃうんですよ。だから、人を傷つけたことがないんです。あ、物理的にね。精神的にはカミラさまが被害者でしょうけど」
淡々とした口調のブレンさま。マーセルもその言葉を聞いていたのか、ぐっと下唇を噛む。
「マーセル、唇が切れるわよ」
とんとん、と自分の唇を人差し指で叩くと、彼女はハッとしたようにわたくしを見て、唇を噛むのをやめた。
「自分が持っているものが武器だと、実感しただろう?」
「……っ」
「王族は国民を守るために存在している。だが、お前は一人の女性を守ろうとしなかった。なぜだ?」
レグルスさまの硬い声が、わたくしの耳に届く。彼のいう『一人の女性』とは、おそらくわたくしを
「――あいつは強いから、平気だろう」
その言葉に、すべてが詰まっていた。
彼はまったく、わたくしを見ようとしなかったのだと……そう考えて
「カミラはずっと前を歩いていた。どんなにもがいても、追いつけることがない場所に歩き続けていた。あいつが天才なら、オレは凡才だと城の連中が噂し、広がっていった! オレがどんなに努力しても、だ!」
声を荒げるマティス殿下。彼がこんなにも感情を
……確かに、そんな噂が城内にあったのは、知っている。誰が流したのかはわからない。だけど、そのことに関して彼はなにも言わなかった。わたくしにも、なにもしなくていいと口にしていた。本当はずっといやだったのね……
「だから、彼女に冷たくした?」
「どうせ婚約者は変えられない。カミラを望んだのは、オレではなく父だからな」
レグルスさまはぐいっと乱暴に頬の血を
彼はその問いに対して、忌々しそうに表情を歪めて嗤う。
「わかるか? 父はいつだって、カミラにだけ甘かった。まるでオレは付属品だとばかりの目でずっと見られていたオレの気持ちが!」
――マティス殿下、そんなことを思っていたのね。
婚約者としてずっと
もしかしたら、わたくしたちは似たもの同士だったのかもしれないわ。
「わかるはずがないだろう?」
再び、キィン、と金属と金属のぶつかる音が聞こえた。でも、それは終わりを告げる音だった。
マティス殿下の剣が吹き飛ばされたのだ。剣はくるくると宙を舞い、床に転がる。
「審判、判定は?」
「あ、ああ。勝者、レグルス!」
先生がそう宣言すると、しんと静まり返ったパーティー会場内がわぁぁああっ! と盛り上がった。
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