マーセルとの関係。
「……今度、学園のパーティーでレグルスさまとマティス殿下が、一騎打ちをします」
ぴくり、とカースティン男爵の眉が動いた。そして、不安そうにレグルスさまを見上げる。
「マティス殿下はお強いでしょう」
「ええ、まぁ。でも、俺も強いので」
「とりあえず僕はレグルスさまに賭けますねー」
「賭けるなよ……」
両肩を上げてから、ブレンさまに視線を移すレグルスさま。
「カミラさま。今度のパーティーまでに、私を鍛えてください!」
「ええ、わたくしもそうしようと思っていたわ。それと……マーセル、寮の
わたくしの言葉に、カースティン男爵とマーセルはぽかんと口を開けた。
あら、こうして見ると血の繋がりがなくても、似たところがあるのね。親子して同じ表情を浮かべているから、なんだか新鮮な気持ちになった。ベネット家の人たちと、同じ表情をしたことがあったかしら?
「い、家出っ?」
「ええ。だってあのままあの家にいたら、きっとあの部屋に閉じ込められるもの。そうすれば、貴女に教えることができなくなるでしょう? マティス殿下の隣に立つと決めたのなら、ビシバシ指導しますわよ」
「お、お願いします!」
マーセルも、あの部屋がどんな部屋なのか知っている。
そして、それがどんなに暗い気持ちにさせるのかも。
「パーティーには家族も呼べますもの。レグルスさまとマティス殿下の一騎打ちも余興の一つとして扱われるでしょう。……そのときに、考えていることがありますの」
「考えていること、ですか?」
「ええ。まだ詳しくは教えられませんが……。とりあえず、マーセルのことはわたくしにお任せください、カースティン男爵」
最後は意図的に彼を呼んだ。『ノランさま』でも『お父さま』でもなく、『カースティン男爵』と。
彼はわたくしをじっと見つめて――こくりと首を縦に動かした。
「ああ、でも、一つ約束してほしいことが……。わたくしがなにをしても、恨まないでくださいませね」
にこりと笑顔を見せると、カースティン男爵は一瞬びくっと表情を
もう一度満面の笑みを浮かべてから、わたくしはスタスタと早足でその場から去っていく。
――生みの親も、育ての親も、わたくしを愛してはいないみたい、ね。
でも今では……それがありがたかった。わたくしのことを愛していない人に、愛されようと思って過ごしていた今までの人生とは、今日でお別れ。
わたくしは、わたくしのために生きていきたい。
「カミラさま!」
追いかけてきたのか、背後からマーセルに声をかけられた。
レグルスさまたちも一緒にいる。くるりと振り返ると、心配そうな彼とまなざしに気付いて、笑みを浮かべて見せる。
「マーセル、学園の寮にいきましょう」
「は、はい」
「これからパーティーまで、マティス殿下とあまり会わないでくださる?」
「……はい」
マティス殿下は、わたくしたちが入れ替わったことを知らない。知らないのなら、そのままで良いと思うの。パーティーはまだ少し先だから、その前にやるべきことをやるつもり。
「レグルスさま、ブレンさま、クロエ。――わたくしのことを、信じてくださいますか?」
少しだけ、声が震えた。どんな返答がきても良いように、きゅっと唇を結ぶ。
三人はわたくしのことを真剣な表情で見つめ、それからすぐにレグルスさまが小さく口角を上げて、すっと胸元に手を置いた。
「もちろんだよ、レディ」
「短い付き合いですが、信じられる人だと思っていますよー」
「私も信じます」
――みんなの言葉が、心に沁み込んだ。わたくしのことを信じてくれる人たちがいるって、こんなにも幸せな気持ちになるのね。きっと、マーセルと入れ替わらなかったら、気付けなかったことだわ。
「ありがとう。寮に戻る馬車の中で、わたくしの考えていることを話すわね」
ほっと安堵して息を吐き、それから馬車まで歩き出す。
馬車に乗り込み、わたくしの考えていることを話すと、少し驚かせてしまったようだけど……賛成してくれた。
「負けられない理由ができたな」
「レグルスさま、ファイトですよー」
「任せとけ」
にっと白い歯を見せるレグルスさまに、マーセルが不安そうに眉を下げてわたくしたちを見渡す。
「だ、大丈夫なんですか……?」
「まぁ、たぶん? そんなに心配しなくても良いよ」
ひらひらと手を振るレグルスさまに、本気で不安そうな表情を浮かべるから、トントンとマーセルの肩を叩いた。
「マーセル、これから大変なのはあなたのほうよ」
「そ、そうなんですけれど……。でも、がんばります」
ぐっと拳を握り込んで意気込む姿を見て、わたくしはうなずく。
その他にもいろいろとこれからのことを話し合っていると、寮にはあっという間についた。
女子寮につき、わたくしとマーセルが降りると、休日とはいえまばらに人がいたようで寮内がざわつき始める。……マティス殿下の恋人である男爵令嬢のマーセルと、婚約者の公爵令嬢であるわたくしが一緒にいるのだもの。
全員、興味津々になるのもわかるけれど、ね。
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