ノラン・カースティン男爵。 2話
わたくしは彼に、これまでのことをすべて話した。ベネット公爵家で受けていた扱いも、どんなことを考えて生きていたかを。
「――こんな思いをするために、わたくしは生まれたのですか?」
最後にそう
レグルスさまがわたくしに近付いて、そっと肩に手を置いた。
じんわりと広がる彼の体温に、そっと目を伏せる。
「――そんな、ことが……」
「入れ替わったことに気付いたお父さまが、ノランさまに話したと聞いています。そして、ノランさまがマーセルを手放さなかったということも」
「それは……っ」
カースティン男爵の瞳が揺れた。ぐっと下唇を噛み締めて、じわりと血がにじむのを見て彼の中でいろいろな
「――……きみたちが生まれる前、カースティン家は借金に苦しんでいた」
ぽつりと言葉をこぼすカースティン男爵に、わたくしは顔を上げた。マーセルもわたくしの隣にきて、「借金?」と眉間に皺を刻む。
「立ち上げた事業がうまくいかなくて……。オリヴィエにも相当苦労させてしまった。そんなとき、陛下から子どもを入れ替えることを提案されて……飛びついてしまった……」
淡々と言葉を紡ぐのを複雑な表情で見つめるマーセル。
どうやら、借金を返したくてその提案に飛びついたようだった。ゆっくりと息を吐き、陛下とどのようなやりとりがあったのかを教えてくれた。
「オリヴィエと陛下が、学生時代に恋人だったことは知っていた。彼女が自分の身分を理由に陛下から離れたことも。すべてを知ったうえで彼女と結婚した。だが……もしもオリヴィエが陛下に嫁いでいたのなら、金に苦労することなく、子どもも幸せに暮らせていたのではないのか……そう考えてしまった」
カースティン男爵は机の上に肘をつき、手を組んでうつむいた。陛下と結婚するのなら、王妃か側室か……どちらにせよ、自分と結婚するよりも良い暮らしができるのだと考えた、ということよね? そこに、彼女の気持ちはあるのかしら……?
「そんな、そんなの……!」
マーセルが拳をぎゅっと強く握って、わなわなと震えた。彼女を落ち着かせるように、背中をぽんぽんと優しく叩く。
弾かれたように顔を上げたマーセルに、緩やかに首を横に振った。感情に飲み込まれてはいけない、と。
マーセルはわたくしを見て、ぐっと言葉を
「お父さまは、それでお母さまが幸せになると思っていたのですか?」
「そうだ。借金で苦しむよりは、彼女も生活に余裕ができて良いだろうと……」
「……ふぅん、独りよがりだね」
そこまで黙って聞いていたレグルスさまが、呆れたようにつぶやく。
その言葉に、カースティン男爵が顔を上げた。
「男爵は自分の気持ちしか考えていない。入れ替わった二人のことも、実の子だと思って育てていた男爵夫人のショックも考えていないように見える」
「そんなことは……!」
レグルスさまの言葉を否定するように首を振る。……カースティン男爵と陛下で、どのような話をしたのかはわからないけれど、結局愛する人を悲しませているのだから、それは彼らの『罪』だと思うわ。
「あ、そうそう。カミラ嬢、生まれたときに魔法をかけられませんでしたか?」
「えっ?」
ブレンさまが今思い出したかのように、カースティン男爵に
彼はぎょっとしたように目を大きく見開き、ブレンさまを見る。
「ああ、やっぱり。神聖力を隠す必要があったんですね。ベネット公爵家の令嬢として育てるために」
ベネット公爵家には神聖力を持つ人はいない。確かに成長途中で神聖力に目覚めたら、ベネット公爵家の血筋ではないことを証明してしまう。……それを隠すために、わたくしに魔法をかけたということなの?
「計画的過ぎて怖い」
「まったくです」
レグルスさまの言葉に、クロエが同意した。
ずっと黙って聞いているだけだったクロエが、重々しくため息をつき、額に手を置き緩やかに首を横に振る。それからじろりと睨むようにカースティン男爵を見つめ、言葉を紡ぐ。
「平民たちのあいだでも、子どもが取り替えられることがあります。裕福な暮らしをさせたいから、という理由でね。でも、それがバレたときの衝撃を、誰も想像しないみたいですね」
呆れたような口調だった。
「私は孤児院で、そんな子どもたちを見たことありますよ。ある人はショックを受けて立ち直れず、子どものままでいようとしたし、ある人は大人でも止めるのが難しいくらい暴れていました。本人たちは、そんなことしたくないのにね」
眉間に皺をくっきりと刻んで、クロエは息を吐いた。……彼女は孤児院で暮らしていたから、いろいろな子どもたちを見てきたのね。そして、その中にはわたくしたちと同じように入れ替えられた子どもたちがいたのでしょう。
「親の都合を、子どもに押し付けないでくださいよ。きちんとオリヴィエさまに話して、借金をどうするか決めるほうが先だったと思います」
きれいごとかもしれませんが、と付け足してから、クロエは肩をすくめた。
「……そう、だな。そうだった。……なぜ、彼女にすべて伝えなかったのだろう……」
「そういう余裕がなかったからではありませんかー?」
ブレンさまがのんびりとした口調で微笑む。彼は目を細めて真っ直ぐにカースティン男爵を見て、人差し指を立ててくるくると回す。
「精神状態がギリギリのときに、提案されたでしょうからねぇ」
「この国の陛下、怖いなぁ」
しみじみとした口調で言葉を
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