隠された属性。

「――マーセルと、マティス殿下が……」

「わたくしはマティス殿下との婚約を望んでおりません。……それに、マーセルが本来の公爵令嬢なのですから、彼の婚約者は彼女のほうが……」

「それはいけません!」


 大声でそう叫ぶノランさま。自分の声の大きさに驚いたのか、口元を手で押さえて、苦々しく眉間に皺を刻むのを見て、わたくしは目を細める。


「――なぜ?」


 冷たく、鋭い声が出た。


 ……わたくし、こんな声も出せたのね。身体はマーセルのものだけど。


 マーセルの顔で、きっと彼が聞いたことのない冷たい声色の言葉を聞いて、ノランさまはふるふると身体を震わせた。


「――言えない」


 ブレンさまが笑みを引っ込めて、ノランさまをじっと見つめる。


 彼の、そんな表情を見るのは初めてで……こんなに真面目な表情を浮かべることができるのね、と心の中でつぶやいた。


「言えないように、魔法がかかっていますね」

「え? そんなこともできるの?」

「まぁ、これも呪いに近いですけれどー……でもね、僕なら解けます。相手に気付かれないように、ね。レグルスさま」

「許可する。ブレン、――楽にさせてやれ」

「レグルスさまの御心のままに」


 ブレンさまが立ち上がり、レグルスさまに身体を向けて胸元に手を置き、小さく頭を下げる。


 そして、ノランさまに手を伸ばした。


 ノランさまはただじっとしていた。動けないのだと思う。


 手のひらから、淡い光が放たれる。それを見ていたわたくしとマーセルは、ぐっと胸元に手を置いて服を握りしめた。


 なにかが――外れるような、そんな感覚。


 パチン、とブレンさまが指を鳴らす。それと同時に、わたくし、マーセル、そしてノランさまが「うっ」と小さく呻いてテーブルに手を置いた。


「……こんな、ことが……できるとは……」

「すみません、ちょっと衝撃がありましたねー」


 ブレンさまの言葉が、先程とは違うところから聞こえる。


 ハッとして顔を上げ、座っている席順を見ると、わたくしとマーセルの場所が入れ替わっていた。


 ――もとに、戻っている……?


 呆然として手のひらを見つめるわたくしとマーセルに、レグルスさまが問いかけた。


「二人がもとに戻っている?」


「ついでに、カミラさまに絡みついていた鎖と、マーセル嬢に絡みついていた鎖もきました。これで隠された属性と、魔法が使えるようになりましたよ」


 マーセルは自分の手のひらから、ブレンさまに視線を移し、信じられないとばかりに目を大きく見開く。


 わたくしも、目を閉じて自分の隠された属性を探ってみる。


 いったい、わたくしにどんな属性が隠されているというの――……?


「……ああ、なるほど。ちょっと失礼」


 レグルスさまの声が聞こえる。カタンと立ち上がり、歩く音。そして、わたくしの肩に手を置いて「そのまま」と真剣な声色でささやかれ、頬に熱が集まってしまう。


 肩に置かれた手が、温かい。……いえ、どんどん温かみを増していく。


 そして、その温かみがどんどんと心臓のほうに向かっている。


 とん、と優しい温かさが当たるような、そんな感覚。


 当たった場所から、なにかを引っ張り出されるような――……


「いくよ」

「え?」


 短い言葉とともに、わたくしの身体からなにかが溢れる感覚がした。


 目を開けてみると、身体が淡く光っていて、思わず目を丸くしてしまう。


 ぱさり、となにかが落ちる音が聞こえてそちらに顔を向けると、刺繍を取りにいっていたオリヴィエさまが、信じられないものを見たとばかりに目を大きく見開いていた。


「……神聖力……? どうして、カミラさまが、その力を……?」


 困惑するように声を震わせるオリヴィエさま。その瞳には確かに『恐怖』が見えた。


「オリヴィエ……」

「あなた……、どうして、カミラさまが神聖力を持っているの? あれは、あの力は……」

「すみません、神聖力とはなんですか?」


 それまで黙っていたクロエが挙手して、首をかしげて問う。その問いに、オリヴィエさまは我に返ったみたいで、手のひらで目元を覆い、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。


「神聖力とは――わたくしの家系に伝わる、力なのです」

「……家系の、力?」


 オリヴィエさまはこくりとうなずき、目元から手を離すとふらふらとした足取りでノランさまに近付く。ノランさまが彼女の手を取ると、マーセルとわたくしを交互に見て眉を下げて彼を睨みつけた。


「――わたくしの家系は代々、神殿で暮らしていたのです。神聖力を持っているから、信徒のためにその力を使うため……。神聖力を持つ人は決まっておらず、わたくしに宿る神聖力は少ないものだったので、神殿よりは王都で暮らしたほうが良いだろうという両親の勧めで学園に入学しました」


 淡々とした口調で語り始めるオリヴィエさまに、わたくしたちは顔を見合わせた。彼女はさらに言葉を続ける。


「学園に入学し、一度は殿下――今では陛下、ですわね。と、恋仲になったこともありました。ですが、わたくしは男爵の娘。身分が釣り合わないから、彼のもとを去ったのです。……きっぱりと諦めて、ノランさまと結婚して子を授かり、その子を大切に育てていました。なのになぜ、マーセルではなく、カミラさまに神聖力が宿っているのですか……?」


 ふるふると肩を震わせる。彼女はいったい、どんな感情を持っているのかしら……?

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