カースティン家の食堂で。
「まずは、自己紹介をさせてください。リンブルグから留学したレグルスと」
「ブレンと申しますー」
レグルスさまが口を開き、自己紹介を始めた。オリヴィエさまとノランさまは「ああ!」という顔をして、小さくうなずく。
「お噂はかねがね。リンブルグの王太子……だったか?」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
にこやかな挨拶を
「マティス殿下の主治医の一人、クロエと申します」
「ああ、平民の……」
ノランさまがぽつりとつぶやく。そのつぶやきにクロエは笑みを浮かべて、「はい、そうです」と胸を張って答える。
……強い、わね。
「――それと……」
「カミラ・リンディ・ベネット公爵令嬢ですわ」
――わざと、わたくしが紹介した。ぱぁっと表情が明るくなったのはオリヴィエさまだけで、ノランさまは一瞬表情を
でも、本当に一瞬だけ。
……どうやら、わたくしたちのトレードを知っているのは、ノランさまだけのようね。
「――元気に過ごしていましたか? カミラさま」
「え、ええ……まぁ……」
そっと視線を外す『カミラ』。それを不思議そうに見るオリヴィエさま。
ノランさまはこほんと一度咳払いをしてから、メイドたちを呼んでいろいろなものを用意する。お茶やお茶菓子、軽食も。
目をキラキラと輝かせるブレンさまに、レグルスさまは「こいつは……」とどこか呆れたように息を吐く。
「こんなにたくさん、いいんですか?」
「ええ、もちろん。たくさん召し上がってください」
ブレンさまは早速とばかりに手を伸ばした。自分が買ってきたものも並んでいるみたいで、ほくほくとした表情で美味しそうに頬張っている。……本当、美味しそうに食べる人よね。
そこから、用意されたお皿にひょいひょいといろんなものを乗せて、レグルスさまに渡した。
……毒見をしていたみたい。
「美味しいからおすすめですよー」
「じゃあ、俺もいただきます」
わたくしとマーセル、クロエにも配膳するブレンさま。その姿を見て、にこにこと楽しそうなオリヴィエさまと、探るように目元を細めるノランさま。
ブレンさまが選んだ軽食はどれも美味しくて目を丸くしてしまったわ。
どうやって美味しいお店を見つけているのかしら……?
「大人数で食べると美味しいですねー」
「本当に。久しぶりに娘と食べるから余計に美味しいわ」
――『マーセル』に視線を送るオリヴィエさまに、曖昧に微笑む。
中身はわたくしだから、なんとも切ない気持ちになった。
一通り食べ終えてから、ノランさまがオリヴィエさまに声をかける。
「オリヴィエ、この前の刺繍を見せてあげたらどうだ?」
「刺繍?」
レグルスさまが首をかしげて問うと、ノランさまはこくりとうなずいた。そして、どこか自慢げに口を開く。
「オリヴィエの刺繍は一級品なんだ。この前大作が出来上がったばかりでね、みんなに見てもらおうと思って」
「やだ、あなたったら。でも、そうね。見てもらおうかしら」
かたんとオリヴィエさまが立ち上がり、刺繍を取りに食堂から出ていった。
それを見送ってから、ノランさまがすっと目を細めてわたくしたちを見渡す。
「――なぜ、うちに来たんだ?」
硬い声に『カミラ』がびくりと肩を震わせた。
「とある事実を、確認したくて参りました」
「こんなに大勢で?」
「関わっちゃいましたからねー」
ブレンさまがのんびりとした口調とは裏腹に、鋭い視線をノランさまに向けた。その視線に、彼の眉がピクリと跳ねあがる。
「――どうして、知っていながら、公爵の要望を却下したのですか?」
「まぁ、このおうちを見ればわかりますけどねー」
レグルスさまとブレンさまの言葉に、ノランさまはわかりやすく表情を引きつらせた。
わたくしとマーセルも彼を見つめる。
クロエはそんな様子のわたくしたちを、眉を下げて眺めていた。きっと、心配してくれているのだろう。
「――お父さま」
そう言葉をつぶやいたのは、『カミラ』だった。びくっと肩を震わせて、血の気の引いた顔を彼女に見せた。
「……お母さまは、このことを知っているの? 今までずっと、私たちのことを騙していたの?」
……わたくしの顔でそんなに悲壮な顔をされると、なんだか不思議な感じがするわね。
「そもそも、どうしてわたくしたちはトレードされたのですか?」
マーセルの言葉に続くように、わたくしも言葉を紡ぐ。
わたくしたちの言葉遣いに違和感を覚えたのか、ノランさまの表情が段々と険しくなる。『マーセル』と『カミラ』を交互に見て「まさか……」と目を丸くした。
「いや、そんなことが起こるわけ……」
「その予想通りですわ、ノラン・カースティン男爵」
わたくしの言葉に、信じられないとばかりに勢いよく首を横に振る。
その気持ちはよくわかるわ。
マーセルとわたくしの中身が入れ替わる、なんて普通に考えれば信じられないことでしょう。
「……どこまで、知っていらっしゃるのですか?」
ぎゅっと拳を握り、ゆっくりと開いてから、ノランさまは小さな声をこぼす。その口調は娘に対するものではなく、『公爵令嬢』に対するものだった。
「あなたは、マーセルが学園でどんな扱いをされているか、ご存知ですか?」
「え?」
「……マーセル、話しても良いかしら?」
マーセルに
その内容にノランさまはぐっと唇を噛み締め、うつむいてしまった。
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