今度の休日。

「そうだ、マーセル。貴女あなたのご両親に会いたいのだけど……」

「え、両親に?」


 わたくしの言葉が意外だったのか、マーセル……外見はわたくしだから、やっぱり不思議な感じね。彼女は、目を丸くして少し考え込むように黙り込む。


「でしたら……私も一緒に行きたいです。両親に、私たちのことを話したいので……」

「中身がトレードされていることを話すのですかー?」


 こくり、とマーセルが首を縦に振った。


「なら、僕たちもお邪魔しても?」

「え? それは……別に構わないと思いますが……」


 ブレンさまの言葉に、マーセルは目をまたたかせて、それからすぐに了承してくれた。


「でも、どうして?」

「鎖が緩むかな、と思って。マーセル嬢の鎖が魂にきつく絡みついているのは、リラックスできる状況ではないからかなぁ? と」

「ああ、両親に会って安堵したら、少し隙間ができるかもしれないわけか」

「はい。そこを狙って鎖をちょっと解いて、マーセル嬢が魔法を使えるようにしましょう!」


 ぐっと意気込むブレンさま。その瞳の奥にメラメラと燃える炎が見えた。……問題が難しければ難しいほど燃え上がる人、なのね……


「あの、それは私もついていって良いのでしょうか……?」


 クロエがおずおずと手を上げて首をかしげる。みんな一斉に首を縦に動かすと、彼女は安堵したように息を吐く。


「それでは、私は両親に手紙を書きますね。次の休みに会いに行くって」

「マーセルのご両親は王都に住んでいるの?」

「はい。うちは領地を持っていませんから。男爵の領って、村くらいの大きさなんですって。だから、お父さまは村よりも安定して王都に暮らせるほうがいい、と王都で家を買ったんです」

「そうだったの……」


 マーセルの家ってどんな家なのかしら……?


「ああ、そうだ。ちょっと待っていて。貴女、今、テキストやノートは持っていて?」

「え? は、はい」


 貸してちょうだい、とマーセルからテキストとノートを受け取り、パラパラと捲る。マーセルなりに授業についていこうとしていることがわかる書き込みだった。


「今日の課題はわたくしがくわ」

「え。あ、ありがとうございます」

「お母さまになにか言われたら、わからないところを聞いてきていた、と伝えて。そうすれば、あの部屋に閉じ込められることはないから」


 ノートに挟まれていた今日の課題を解いていく。すらすらと解いていくのを、四人が見ているから、なんだか気恥ずかしいわ。


「ところで、あの部屋って?」

「……聞いたらきっと、絶句しますわよ」


 今日の課題をノートに挟み、ぱたんと閉じる。テキストとノートをマーセルに渡して、眉を下げて微笑んだ。


 ――手入れされず埃っぽい部屋。蜘蛛の巣もあったわね。そして、かび臭い毛布にベッド。外の様子を見ることが叶わない――いいえ、むしろ太陽の光も届かない地下室。


 わたくしが、家族の期待通りに動かないときに、閉じ込められる……部屋。


 それだけではない。お母さまから、鞭で背中を叩かれたこともある。


 痕がつかないように、しばらくしたら回復ポーションを飲まされるんだけど……そのポーション、味がとっても不味いのよね。でも、全部飲まない限り部屋から出られない。


『わたくしだってこんなことをしたくはないのよ! でも、カミラは完璧な公爵令嬢でなければ許されないのッ!』


 ヒステリックに叫ぶお母さまのことを思い出して、わたくしは思わず額に手を置いて重々しくため息を吐いた。


 お母さまがわたくしを『完璧な公爵令嬢』にしようとしていたのも、きっと血の繋がりがなかったから……


「……いろいろ、探っていくしかないのよね」

「……そうですね」


 ぽつりとつぶやくと、マーセルが言葉を返した。


 マティス殿下の婚約者として、公爵家はわたくしにいろいろなことを教え込んだ。そのおかげで確かにわたくしは『完璧な公爵令嬢』に近付いたわ。


 でも――……


 ちらりとレグルスさまに視線を向ける。彼はわたくしを見ていたようで、ぱちっと視線が交わり、ふわりと柔らかく微笑んだ。


 ……でも、『完璧な公爵令嬢』ではないわたくしを、望んでくれる人がいる。


 そのことが、とても嬉しいの。わたくし自身に、価値があるような気がして。


「それじゃあ、今度はマーセル嬢の家に訪問、か」

「ええ、今度の休日に。……マーセル、貴女、抜け出せる……?」

「あ、それなら私が迎えに行きます。公爵たちをうまく誤魔化してみせますよ!」


 クロエが自身の胸元に手を置いて、力強い言葉を発した。


「なら、クロエに任せるわ。マーセル、時間は?」

「じっくり話し合いたいので、午前中にしましょう」

「なら、手土産にたくさんなにか持っていきましょうー」

「ただ単に、食べたいだけじゃないか、お前は……」


 ぽんぽんと会話が弾む。


 こんなふうに会話ができるようになったのも、マーセルの身体に入ってからだわ。


 逆に、マーセルは今、会話を楽しむこともできないのだろう。


 公爵邸で親切にしてくれたのはメイドたちだけ。そのメイドたちとも、雑談はあまりしたことがないもの……


「それでは、今度の休日に」


 わたくしの言葉に、全員がうなずいた。


 ――マーセルのご両親――つまりは、わたくしの実の両親――とは、会話をした記憶があまりない。


 ……いったい、どんな方々なのかしら……?

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