手紙。

 ……相変わらず視線が痛いけれど、今日も無事に授業を終えることができたわ。


 わたくしを敵視する視線よりも、興味を抱いたような視線が多いように思えた。


 ルグラン公爵夫人のおかげでしょうね。


 これで『マーセル』としての地盤を整えられる。


 授業中の態度も、抜き打ちで行われた小テストも好成績だったし、あとは……


「あ、マーセル嬢。今、少しいいですか?」

「ごきげんよう、ブレンさま。はい、大丈夫ですよ」

「では、こちらへ」


 わたくしが廊下を歩いていると、ブレンさまが声をかけてきた。彼の手には数冊の本。なんの本かしら? と首をかしげると、その視線に気付いたのかブレンさまは口元に人差し指を立ててぱちんとウインクした。


 人通りの少ない場所に向かって歩いていく。


「……わたくしに用事がありましたの?」

「レグルスさまが、ですよー」


 くすりと笑うブレンさま。わたくしの頬に熱が集まるのを感じる。


 思えば、レグルスさまにはいろいろと格好悪いところばかり、見せている気がするわ。


「あ、いたいた。ここでちょっとおやつでも食べましょう!」


 レグルスさまの隣にはクロエがいた。彼女が慣れない手つきでお茶を淹れているのが見える。


 ……この学園にこんな場所があったのね。


 人通りが少なく、木漏れ日が心地よい場所だわ。


「ごきげんよう、レグルスさま、クロエ」

「ごきげんよう、カミラさま。迎えにいってもらってすみません、ブレンさま」

「カミラ嬢、俺の隣においで」


 優しく言われて、足が勝手に動き出す。隣に座ると、レグルスさまは嬉しそうに微笑んだ。


「あの、それで……なにかご用でしょうか?」

「ああ。今日マティス殿下からこれを渡されてね。マーセルに渡してほしいと」


 ごそりと懐から手紙を取り出して、差し出す。……これ、マーセル宛ての手紙なのよね。


 わたくしが読んでも良いのかしら……と戸惑っていると、レグルスさまも苦笑を浮かべていた。


「どうして、レグルスさまに渡したのでしょうか」

「いつものマティス殿下なら、これ幸いとばかりに自分で届けにいきそうなものですが……」


 ブレンさまとクロエが首をかしげながら疑問を口にする。


 ……わたくしは少し考えて、誰からの手紙かを確認した。――オリヴィエ、と書かれていた。


「オリヴィエ……確か、マーセルのお母さまだわ」

「よくご存知ですね」

「お茶会で会話をしたことが多少。……そういえば、彼女の髪はストロベリーブロンドだったわね」


 わたくしの……カミラの髪色は、実母譲りということ?


 クロエに視線をむけると、彼女は小さくうなずいた。


 そして、ブレンさまと一緒にまだ校内にいるであろうマーセルを連れてもらうことにした。十分もしないうちにクロエたちがマーセルを連れてきて、その素早さに目を丸くしてしまったわ……


 マーセルは「えっと……?」と不安そうに瞳を揺らしている。


 ……うーん、わたくしの顔でそんな表情をされると、やっぱりいろいろ複雑だわ……


「これ、貴女あなた宛ての手紙なの。わたくしが読むわけにはいかないし……」


 わたくしが眉を下げて手紙を渡すと、マーセルは母親からの手紙に気付いてぎゅっと大事そうに手紙を抱きしめた。


「……今、読んでも良いですか?」

「もちろんよ」


 ぱっと表情を明るくして、マーセルは封筒を丁寧にがして手紙を取り出し、視線を落とす。


 読んでいる途中で、ポロポロと涙を流していく。


 そっとマーセルにハンカチを渡し、彼女はそれを受け取って「ありがとうございます」とお礼を口にしてから涙をいた。


 それでも次から次へと溢れ出す涙。嗚咽おえつをもらさないように、肩を震わせている。


「……おかあさま……」


 涙声で、彼女はそうつぶやいた。


「……ありがとうございました、カミラさま。ハンカチは洗ってお返しします。そして、できたら……カミラさまにもこの手紙を読んでいただきたいです」

「え?」

「だって、本来なら……カミラさまのお母さまですもの……」


 入れ替わってしまったわたくしとマーセル。わたくしたちが生まれたばかりの頃の話だから、どちらが悪いとかはないでしょう。


 ただ、そのことにマーセルは引け目を感じているみたい。自分が愛されて育ったことを、知っているから。


「……読ませてもらうわね」


 手紙を受け取って、わたくしは目を通した。


 内容は学園生活を楽しんでいますか? という言葉から始まり、マーセルの体調を心配していたり、勉強についていけているかを心配したり、親しい友人ができたかを気にしていたり……マーセルのことを、本当に大切に思っているのが伝わってきた。男爵家のことも書きつづられた五枚の手紙を読み終えて、誰にも聞こえないように小さく息を吐く。


「この手紙は、マーセルの部屋の机の引き出しに入れておくわね」

「……はい」


 それから、みんなで今後のことについて話し合った。そのうちに、マティス殿下とレグルスさまの一騎打ちのことが話題に上がった。


「魔術師学科でもすごく噂になっていました……」

「傭兵学科もですよ! 僕はレグルス殿下に賭けました!」


 ……まさか身近に賭けをしている人がいるとは……


「ちなみにレグルスさまが負けるという予想のほうが多いので、がんばってくださいね!」

「人で遊ぶなよ……」

「……レグルスさまには言われたくありませんねぇ……」


 お茶を飲みながら、そんなことを言い合う彼らに、わたくしたちは思わず笑ってしまった。

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