抜き打ちテスト。
――翌日、マティス殿下から呼び出されて、いろいろなことを話し合ったと、レグルスさまが教えてくれた。
それから一気に話が学園中に広がり、マティス殿下とレグルスさまの一騎打ちの話題で学生たちは盛り上がっている。
どちらが勝つのかわからないからこその、盛り上がりなのだろう。
マティス殿下は騎士学科で負けなしと言われている。
そして、レグルスさまもリンブルグで頂点に立てるほどの実力者。強いのなら、どうしてその実力をここまで見せてこなかったのかしら?
もしかしたら、レグルスさまはレグルスさまなりに、いろいろと考えていたかもしれない。
学生たちがわいわいと騒いでいるのを聞きながら、授業を受けているとひそひそと小声でマティス殿下とレグルスさま、どちらが勝つのかを賭けるような声が聞こえる。
マティス殿下に賭ける人が多いみたいだけど……
「もう、みなさん! 授業に集中してください!」
先生がそう叫ぶ。でも、きっとその話題に混ざりたいのだろう。
うずうずしているように見える。これはもう、授業にならなそうね。
ぱらりと教科書を捲っていると、レグルスさまの姿を思い出した。
ボロボロになっていた教科書もノートも、彼の魔法できれいにしてもらった。そっと教科書を撫で、ゆっくりと息を吐く。
レグルスさまのあの魔法は、いったいなんだったのかしら……?
文字や落書きを本人に返す、なんてことができるのは……レグルスさま独自の魔法? それとも、リンブルグでは当たり前のことなのか……あとで確認しておきましょう。
お父さまお母さまも……お兄さまも。血の繋がらないわたくしをここまで育ててくださったことには感謝しているけれど、わたくしはもう、公爵家に都合の良い人形になるつもりはないの。
まずはしっかりと、『マーセル』の評判を上げていかないとね。
……それにしても、本当に授業が進まないわね、これでは……
ガヤガヤと賑わっているクラスメイトたちを眺めていると、がらりと教室の扉を開いた。
「こんなにざわついて何事ですか。今は授業中でしてよ?」
パン、と扇子を手のひらに打ち込む女性――マナーを教えるために派遣されたルグラン公爵夫人。彼女は陛下の妹だ。
一昔前、戦果をあげたクレメント・ルグラン公爵に
「ど、どうしてルグラン公爵夫人がここに?」
「抜き打ちテストです。まったく、あなた方はこの学園でいったいなにをしているのですか」
ツカツカと教室を歩き、一人一人に言い聞かせるように言葉を発する。まったくをもってその通り。
わたくちたちは学ぶために学園にきているのであって、彼らのどちらが勝つかどうかで盛り上がるためじゃない。
「マーセル」
「はい、ルグラン公爵夫人」
「……お茶を頼めまして?」
ルグラン公爵夫人じきじきのご指名だ。わたくしは立ち上がって微笑みを浮かべ、カーテシーをした。
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
顔を上げて教壇の前に向かう。
すっかりと温くなってしまったお湯を捨て、新しく魔法でお湯を沸かす。
ちょっと……いえ、かなり疲れているように見えるから、このハーブティーがルグラン公爵夫人にはぴったりじゃないかしら。
目的のものを手にして、ポットへ入れる。熱いお湯を注いで三分から五分ほど蒸らす。そのあいだにレモンをスライスしておき、ティーカップに一度お湯を注いで温めてからお湯を捨て、ティーポットのお茶を注ぎ……はちみつをティースプーン一杯分入れてかき混ぜる。
スライスしたレモンを上に浮かべて、ルグラン公爵夫人にお茶を渡した。
彼女はじっとわたくしを見て、それからお茶に視線を落とし、カップを持ち上げて優雅に口をつける。
一つ一つの所作に優美さを感じるくらい、ルグラン公爵夫人の動きはわたくしたち貴族の憧れでもあり、目標でもあるのよ。
「バラの香りがとても良いですね。レモンの酸味とはちみつの甘さで、とても飲みやすいです。なぜ、ローズティーを選びましたか?」
「おそれながら、ルグラン公爵夫人がとてもお疲れのように見えましたので……。少しでもリラックスしていただきたく、ローズティーを選びました」
「……お見事です、マーセル。確かに疲れていましたもの。満点を差し上げましょう」
にこりと微笑むルグラン公爵夫人に、わたくしは「おそれいります」と頭を下げた。
席に戻るようにうながされて、わたくしは席に戻って座ると小さく息を吐く。指名されたときはドキドキしたけれど、ルグラン公爵夫人に褒められるとは思っていなかったから、とても嬉しい。
あのお方に褒められるということは、王宮でも通じるお茶を出せたということだから。
他の人たちを見ると、少しいたたまれなさそうに下を向いていた。
悔しいのよね、なにもできないと思っていたマーセルが、ルグラン公爵夫人に褒められて。
その悔しさ、自分を顧みることによって、成長に繋げてほしいところだけど……
「……あなたたちの本分は、なんでしょうか」
ルグラン公爵夫人が静かに問いかける。
わたくしたちの本分、それは――この学園で学び、成長し、未来へ羽ばたくこと。
少なくとも、一騎打ちで盛り上がることではないでしょうね……
ぱちっとルグラン公爵夫人と視線が合った。
「――今後を期待していますよ」
ルグラン公爵夫人は、そう言い残して教室から去っていった。お茶は、全部飲んでくれたみたい。
空になったカップを見て、先生が「あのルブラン公爵夫人がすべて飲んだ……!?」と驚いたことで、わたくし(というかマーセル)のお茶の腕はかなり上達したのだと、クラスメイトたちは認めるしかなかった。
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