一時的なことだけど。
「花祭りで、花姫として陛下と踊ったあとに、ちょっとだけ胸に痛みが走りました。緊張していたからかもしれませんけど……」
やっぱり今回の件、陛下が関わっているのかしら。
だとしたら、どうして……?
わたしが黙り込んで考えていると、ブレンさまがじーっとマーセルとわたくしを交互に見る。
そして、「ちょっと試したいことがあるのですが……」とにっこり微笑んだ。
「試したいこと?」
「一時的に、カミラさまとマーセル嬢をもとに戻せるかもしれません」
「えっ!?」
「魂に絡んでいる糸が見えます。それを戻せば、たぶん……。ただ、本当に一時的です。試してみますか?」
わたくしとマーセルは顔を見合わせて、それからブレンさまへ視線を移し、こくりとうなずく。
クロエは心配そうな表情でわたくしたちを見ている。
それでも、止めることはしなかった。
ブレンさまがわたくしたちに近付いて、「目を閉じてください」と柔らかい声色で伝える。そっと目を閉じて、彼がなにかをするのを待つ。
「クロエさん、ちょっと魔力を借りても良いですか?」
「え? あ、はい。もちろん」
魔力を借りる? ブレンさまは人の魔力を借りることができるの?
そんなことができるなんて、あまり聞いたことがない。
わたくしとマーセルはただじっと待っていた。
そっと手に温かさを感じた。それが身体中に巡り、ぽかぽかと温かくなる。
パチン、となにかが弾けたような感覚に襲われた。
なにかにぐいっと引っ張られるような感覚もある。
「はい、目を開けてください。……戻っていますか?」
ゆっくりと目を開けると、首をかしげて問うブレンさまが視界に入る。隣を見ると――正真正銘の、マーセルがいた。
わたくしたちは互いを見つめ合って、息を
「ブレンさまは素晴らしい魔術師なのですね……」
「いやいや、僕の家族ならたぶん、一発で戻すことができますよ。それよりも、カミラさま。少しよろしいですか? その姿で、一度レグルスさまにお会いしてほしいのですが……」
「……! あ、そ、そうね。いつ戻るかわからないもの……今、行ってくるわ」
「それには及びません。レグルスさまを呼びますので」
ブレンさまは人懐っこくにこっと笑うと、パチンと指を鳴らした。
そして、それから五分もしないうちに部屋の扉がノックされた。クロエが「はい!」と慌てて扉に駆け寄り、客人を招き入れる。
そこにいたのは、やはりレグルスさまだった。
「どういう状況?」
「……ブレンさまに一時的ですが、戻していただきました」
わたくしの言葉に、レグルスさまは一瞬目を
「――行こう」
「どちらへ?」
「マティス殿下のとこ。いろいろお願いをしに、ね」
わたくしはレグルスさまを見つめて、こくりとうなずいてその手を取った。
「こちらこのことは、お任せください」
「ええ、クロエ。二人をお願いね」
そうクロエと言葉を
クロエが嬉しそうに笑って頭を下げたのが見えた。
急ぎ足で、マティス殿下のところへ向かう。校舎に入る前に手を離し、学園内に残っている学生たちにマティス殿下がどこにいるかを
「ごきげんよう、マティス殿下」
わたくしたちに気付くと、眉根を寄せるマティス殿下。
「……なんの用だ、カミラ」
「あなたに、お願いがありますの」
自分の身体に戻ったことで、なんだかとっても気が晴れる思いだった。
そして、マティス殿下のことを改めて自分の目で見て――なにも、感じなかった。心の奥で、なにかを感じるかもしれないと思っていたけれど……
全然、なにも、感じない。
……むしろ、興味すら感じないことに驚いた。
「わたくしとの婚約を、白紙にしてください」
「――は?」
マティス殿下は目を見開いた。わたくしは彼の前で従順なフリをしていたから、こんなことを口にするとは思わなかったのだろう。
婚約者として、彼を立てることばかりをしていたから……
「どういうつもりだ?」
「マティス殿下は、マーセルを愛しているのでしょう?」
「まさか、お前……マーセルをいじめたのか!?」
……この人はどうして、そんなことに考えつくのかしらね。
呆れたようにわたくしがため息を吐けば、「そうなんだな!?」となじられた。
「わたくしとマーセルは学科は別ですのに、どうしてわたくしが彼女をいじめられるとお思いで?」
「そんなの、お前が声をかけたら加担するものもいるだろう」
「わたくしに、そんな暇はありませんわ」
普段のタイムスケジュールを口にした。それはもう、流暢に。
段々と、マティス殿下の顔色が青くなっていく。わたくしのタイムスケジュールを知ろうともしなかった人だから、こんなにぎちぎちに組まれているとは考えもしなかったのでしょう。
こんなに忙しい日々を過ごしていたわたくしが、マーセルをいじめられるわけない。
「……いくらなんでも、詰め込みすぎだろ!?」
「ベネット公爵方におっしゃってください。わたくしのタイムスケジュールを管理しているのは、彼らなので」
我ながら、冷たい声が出た。
そんなわたくしの様子を気遣うように、レグルスさまがこちらに視線を向ける。
「……マティス殿下。俺はあなたに一騎打ちを申し込む」
「はぁ!?」
理解できないとばかりにマティス殿下が叫ぶ。
「ベネット公爵にも許可はいただいた。俺が勝ったら、カミラ嬢との婚約を白紙にしてもらう」
「なにを勝手なことを……!」
「……勝手なことをしているのは、マティス殿下のほうでしょう? わたくしという婚約者がいながら、マーセルと関係を持つなんて」
肩をすくめてつぶやくと、マティス殿下はぎょっとしたように目を丸くする。どうしてそのことを知っているのだと顔に書いてあるわ。
わたくしが呆れたように息を吐けば、ぐっと拳を握る。
「そ、そういうお前たちはどうなんだ!」
「俺は現在、カミラ嬢を口説き中。どう見てもマティス殿下とカミラ嬢のあいだに、愛は見えないしね」
「……それはまぁ、認めるが。政略結婚なんてそんなもんだろう」
否定はしない。政略結婚で結婚をしてから愛を育む。
それが貴族にとっては普通だもの。
「俺の国は恋愛結婚が主だよ。マティス殿下はカミラ嬢を愛していない。マーセル嬢を愛しているのだろう? なら、この婚約を白紙にするのは、あなたにとってもプラスなのでは?」
レグルスさまがにやりと口角を上げた。
そして、マティス殿下は黙り込んでしまった。
マティス殿下はなにを考えているのかしら……? 少し考えたあと、マティス殿下はわたくしたちを見て、眉間に皺を刻む。
「そもそも、カミラはどうなんだ? 彼に口説かれていることは、リンブルグ王国を背負うことになるんだぞ」
「……わたくしは、それも悪くないと思っておりますわ。彼は、わたくしを必要としてくれた、唯一の人ですから」
わたくしがそう言い切ると、その言葉が意外だったのかマティス殿下は言葉を
そして、すっと目元を細めて「……ふぅん」と面白くなさそうにつぶやく。
愛していないわたくしを、なぜ離そうとしないの?
……そこで、一つの仮説を思い付いた。
マティス殿下はただ、愛でるためだけのマーセルを望んでいるのかもしれない、と。
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