仮説。

「それは、……どういう意味、でしょう……?」

「その通りの意味さ。ブレン、魔法の属性は魂で決まるんだろ?」


 ブレンさまはこくりとうなずき、わたくしに近付いて観察――というよりは、診察するように目元を細める。


 クロエは、黙ってそれを見ていた。


「――はい。やっぱり、カミラさまの魂にはロックがかかっているように視えますね。それがどんな属性なのかはわかりません」

「ブレンさまは、魔術師学科のほうが向いていらっしゃるのでは……?」

「こっちの陛下に進言してくださーい」


 ……そうだった。わざと彼らを引き離したのは、この国の陛下だったわね。


 わたくしがゆっくりと息を吐くと、ブレンさまはすっと的に向けて魔法を放つ。


 炎の魔法だ。


 見ただけわかる――これは、この国の者では発動させることができない、複雑な魔法だと。


「確かにこっちのほうが、楽なんですけどね」

「ちなみに俺はどっちかというと剣のほうが楽だなぁ。ブレンが魔法得意なのは、家族の影響だろ?」

「ご家族の?」


 気になったのか、クロエが会話に混じる。


 ブレンさまが放った魔法で、的が落ちた。手加減してあの威力なのか……それとも、全力なのか……涼しい顔をしているのを見て、全力ではなさそうだと感じた。


「僕の母って占い師なんですよねー」

「占いと魔法に関係があるのですか?」

「僕の目は母譲り。人が得意とする魔法の属性がえます。……もっと言えば、魂の色やいろんなものがえます」


 そういえば、確かに『魂の色』のことを話していたわね。


 わたくしの魂は真っ白で、クロエの魂の色は青い炎と……、ブレンさまが口にしていたことを思い出す。


「ただ、そういうのってやっぱりられたくない人が多いので、あまり占い師ってことは伝えていないみたいなんです。だから、カミラさまが『魂占い』って言ったとき、ドキッとしました。嫌だったかなぁって」


 大きな身体を小さくして肩をすくめるブレンさまに、わたくしとクロエはぶんぶんと首を横に振った。


 魔術師の家系であるブレンさまに、占い師のお母さまもいたとは……


 レグルスさまはブレンさま肩に手を置いて、今度は自分が魔法を使ってみせた。


 ――とてもきれいな、青の炎。


「レグルスさまは、青い炎しかだせませんよねー」

「加減が面倒……」

「あはは!」


 なにがおかしいのかわからないけれど、彼らには彼らのなにかがあるのでしょう。


 クロエがなにかを考えるように唇に指を当てて、ぶつぶつとつぶやいているのに気付き、声をかけようとしたら、彼女が顔を上げた。


「ブレンさま!」

「はい?」

「カミラさまとマーセルさまを同時にれば、なにかわかるかもしれないと話していましたよね。それは、いつでも可能ですか?」

「え、はい。視るだけなら、いつでも」

「それなら、明日の放課後……お願いできませんか?」


 どうやってマーセルを連れてくるつもりなのかしら?


「どうか、お願いします」


 ブレンさまに頭を下げるクロエ。彼はそれを見て、困ったようにレグルスさまを見る。


 レグルスさまが小さくうなずくのを見てから、口を開いた。


「わかりました」

「マーセル嬢の魔法が使えないことについても、わかるかもな」

「……だと、良いのですけれど……」


 マーセルは今、おそらく必死になって勉強をしている。


 昨日のディナーで、マーセルがいなかったのは……あの部屋に閉じ込められているからだろう。


 わたくしはあの部屋に閉じ込められたくなくて、必死で勉強をしていたのよねぇ……


 そう考えると、なんだかいろいろ複雑な気分だわ。


 彼女が魔術師学科で、どれだけの成績を残せるのかは謎だけど……


「マーセルが魔法を使えなくなったのって、いつからなのかしら?」

「それまで普通に使えていたのに、急に使えなくなったら悪意ある誰かが……ってことも考えられますよね」

「あの、そのことについて、私……一つ、心当たりがあります」


 クロエがおずおずと手を上げた。


 どういうこと? と視線で問うわたくしに、彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「入学後すぐに、花祭りがありましたよね。そして、五人の花姫の一人がマーセルさまでした」


 ああ、確かにあったわね、花祭り。


 いろいろな花を咲かせて、その花を愛でる祭り。


 ただ、花を咲かせる魔法は難しいから、適任者がいなければならなかった。


 今年は五人も花を咲かせる人たちがいたのよね。


 ……その花姫の一人が、マーセルだった……?


 わたくしは花祭りに参加していなかったから、知らなかったわ……


 裏方で参加はしていたけれど、お母さまに『お前が表に出るのはもう少しあとよ』と言われていたから。


「それじゃあ、そこで魔法が封じられた……?」

「かもしれません。ですが、そんなこと可能なのでしょうか?」

「禁術の一つでしょうねぇ」


 謎は深まるばかり、ね。


 すべて憶測だもの。……だけど、一人で悶々としているよりはずっと良い。


 マーセルには、わたくしのように話せる人がいないと思うから、そこは素直に憐れだと思う。


「……彼女もまた、被害者なのかもしれないのね……」

「カミラさま……それは、同情ですか?」


 クロエに問われて、こくりとうなずいた。


 だって、わたくしがマーセルの立場だったなら、どうなっていたかわからない。


 本当の家族に、愛されて育ち……マティス殿下に憧れを抱いていたかもしれないもの。


 今、マーセルの味方はこの学園に一人もいないと考えると、やはり不憫ふびんだと思ってしまう。


「わたくしがこうやって穏やかに過ごせるのは、クロエたちがいるからよ。……でも、あの子にはそんな人たちがいないでしょう……?」


 マーセルの本当の家族であるベネット公爵たちが、『カミラ』とどんなふうに接しているのか……ずっとあの家で育っていたわたくしにはわかる。


「ブレンさま、明日……よろしくお願いいたします。マーセルの魂になにが起こっているのか、わたくしも知りたいと考えています」


 わたくしがこんなことを頼む資格なんて、ないのかもしれないけれど……


 そう、願わずにはいられなかった。

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