イルカショーのあとに。

 イルカのショーを見終わって、拍手をする。


 平民、貴族、関係なくはしゃいでいる様子を目に焼き付けて、ゆっくりと息を吐いた。


「そろそろお昼みたいだ。俺らも移動しようか」

「フィッシュバーガーがお勧めらしいですよー」

「……水族館で魚を食べるのは、複雑な気分ですね」

「確かに……」


 そんな会話をしながらフードコートに足を進めると、お昼頃ということもあってすごく混んでいる。


 そして――休日ということでクラスメイトたちも遊びにきていたのだろう。目が合った。


 ざわっと一瞬でわたくしたちに注目が集まる。


 その視線を受けて、思わず肩をすくめてクロエを見ると、彼女はわたくしを見て小さくうなずく。


 レグルスさまとブレンさまはそんな注目なんて気にしていないように歩き、フィッシュバーガーとメロンソーダを注文した。


 わたくしたちの分も注文してくれたみたいで、トレーを持って空いている場所に移動する。


「慣れていますのね」

「ファーストフード店はよく利用していたから」

「えっ?」


 そんなに珍しい? と視線で問うレグルスさまに、わたくしとクロエは顔を見合わせた。


 少なくとも、わたくしはファーストフード店を利用したことがないわ。


 クロエはどうなのかしら?


「熱々のうちに食べましょうー」

「すごい量ですね」


 フィッシュバーガーが山のように乗っているトレーを見て、思わず眉を下げる。これ全部一人でたべるのだろうか、と。そう考えていたらすごい勢いで食べ始めた。


 わたくしたちも、温かいうちにいただきましょう。……とはいえ、これどうやって食べるの?


 レグルスさまとクロエを見てみると、包装紙を剥がしてそのまま口元に運んでいた。


 少し抵抗があるけれど、そうやって食べるもの……なのよね?


 わたくしもそうやって食べてみた。


 ふかふかのパンにフィッシュフライ、千切りキャベツにソース……熱かったけれど、美味しい!


 フィッシュフライにも味付けされていた。分厚いのに歯切れが良くて食べやすい。


「美味しいですね」

「ええ、本当に……」


 にこにこと笑いながら、美味しそうに食べるブレンさま。食べ方がわりとワイルドなレグルスさま。


 口が小さいのか食べるのに必死になっているクロエ。


 ……でもやっぱり、水族館でフィッシュフライを食べるのは、いろいろ考えさせられるわね。


「視線がわずらわしいから、ちょっと早いけどお土産屋見てみようか」

「そうですね」


 こちらをじーっと見てくるクラスメイトたちの視線が刺さる。


 誰も話しかけてこないから、なんとも言えない不思議な感じ。


 様子をうかがっているのかしら。辺りを見渡すと、ばちっと視線が合った。


 だけど、すぐにそらされてしまった。


 これは明日、なにかありそうね。寮に戻ったら対策を考えておきましょう。


 メロンソーダもすべて飲み干し、食事を終える。


「捨ててくるよ」

「え、あ、ありがとうございます。……そ、そうだ、お金……」

「いいって。こっちが誘ったんだから」


 レグルスさまがパチンとウインクを一つしてから、トレーを持っていった。


 わたくしとクロエ、そして自分の分を。


 ブレンさまはまだ食べていた。


 いったい何個食べたのかしら、ブレンさま。すべてたいらげて、「美味しかったですねー」と幸せにお腹を撫でている。


 四人で一緒にフードコートをあとにして、クラスメイトたちの視線から逃れた。


「……刺さるような視線でしたね」

「もう少し、抑えてくれてもいいのにね」


 頬に手を添えてつぶやくと、クロエはうなずいてくれた。マティス殿下の主治医である彼女と『マーセル』が一緒にいることも、リンブルグの王太子であるレグルスさまが一緒にいることも、おそらくこの国の貴族にとってはあまり面白くない状況でしょう。


 レグルスさまたちと一緒にいるから、わたくしに手を出せない感じだろうし。


「……マーセルはずっと、こんな感じで過ごしてきたのかしら」


 それを想像すると、ぞっと背筋に悪寒が走った。


 クロエも複雑そうに表情を歪める。


 その表情は、わたくしに対してなのか、マーセルに対してなのか……


「マーセル嬢は、どうしてなにも言わなかったのでしょうね」


 ブレンさまが小首をかしげる。


「……本当にね」


 先生たちに助けを求めることもしなかった。


 それは、彼女のプライドなのかしら?


 たった一人で立ち向かっていくのは、大変だったろうに。……彼女のことを、わたくしはなにも知らないわね。


「まぁ、なんにせよ……このトレードを終わらせるために、いろいろやってみないといけないわね」

「私も探してみます」

「ありがとう」


 クロエが味方でいてくれる。


 わたくしはもう、一人で立ち続けなくても良いのね。


 そのことが、とても嬉しいの。


「私、退職届を出そうと思うんです」

「え?」

「一ヶ月後、カミラさまと一緒にいられるように」


 ――思わず、目を大きく見開いた。


 彼女の表情は真剣そのもので……その気持ちが、決意が、わたくしに伝わってくる。


 クロエの真摯しんしなまなざしを受けて、小さく首を縦に振る。彼女の決意は固いみたいだ。


 その決意の固さに反して、表情は柔らかい。


 わたくしに姉がいるとしたら……こんな感じなのかしら?


 お兄さまとは会話すらあまりなかったから……


「……本当に、いいの?」

「もちろんですよ。楽しみですね」

「……そうね」


 一ヶ月後、わたくしたちはどういう関係になっているのだろう?


 マーセルの身体になってから、自分でも知らなかった感情が湧きあがる。


 自由に生きてみたいと、心の底から思えるようになったのは、ある意味成長……なのかしらね?


 公爵邸にいた頃には思えなかった。


 ずっといろいろなことに追われていたから、そんなことを考える余裕がなかったもの。


 わたくしがわたくしでいられることが少なかったから、考えることをやめてしまった。だからこそ、考えていきたい。


 わたくしにできることを――……

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