デート、再び。

 朝、ゆっくりとした動きで起き上がり、ベッドから降りる。


 窓に近付いてカーテンを覗いてみれば、空は目に染みるほどの晴天だった。


 もぞもぞと動く音が耳に届き振り返ると、クロエが「カミラさま……?」とわたくしを探しているようだったので、小さく笑みを浮かべてから彼女に近付く。


「おはよう、クロエ」


 声をかけると、彼女はがばっと起き上がった。


「おはようございます、カミラさま――って、もう朝ですか!」


 遮光性の高いカーテンを使っているようだから、朝だと気付きづらいかもしれないわね。


 クロエは辺りを見渡して、ホテルに泊まっていることを思い出したのか、少しだけ動きを止めてベッドから降りた。


「身支度をしましょう?」

「は、はい……」


 顔を洗ったりスキンケアをしたり服を着たりと、朝の準備は忙しい。


 顔を洗ったあと、クロエが「つるつるしている……」とつぶやいたのが印象的に残り、思わず彼女に視線を向ける。


 スキンケア効果、バッチリね。


 服を着替えて髪型を整えていると、扉がノックされた。


「私が行きます」

「お願いね」


 クロエが扉に向かって走っていく。そして、扉の前で言葉をわすとすぐに戻ってきた。明るい表情を見て、首をかしげる。


「レグルスさまでした。今日は別のところをデートしようって」

「……!」

「あら、お顔が真っ赤」

「クロエっ!」


 楽しんでいるであろう彼女に声を荒げると、くすくすと笑われた。


 自分でも赤くなっていることがわかるのだから、指摘しないでほしい。


 熱くなった頬を冷ますように、手の甲を当てた。


◆◆◆


「水族館、ですか……?」

「はい。ここから少し遠いんですけれど、門限までには帰ってこられますよ」


 朝食を終えてから、ブレンさまがそんなことを言い出した。


 水族館……オープニングセレモニーのときに行った覚えはあるけれど、館内を歩いた覚えはない。


 セレモニーが終わるとすぐに公爵邸に戻った。勉強が待っていたから……


「混んでいるのでは?」

「混んでいるだろうね、ゆっくりは見られないかもしれないけれど……魚、嫌い?」

「嫌いというよりも、わたくしたちがそんなところにいて大丈夫かしら……?」

「四人で一緒に行動してれば大丈夫じゃないかな?」


 わたくしたちに共通することはなにもない。かろうじてマティス殿下という共通点が……あ、ブレンさまにはないわね。


「マティス殿下にお土産を買っていけばいいさ。偶然会ったことにして」

「……中々、ハードルが高くないかしら……?」

「大丈夫、大丈夫」


 大らかというかなんというか……。でも、うん……水族館、見たことがないから楽しみだわ。


 マティス殿下には、嫌がらせに大きなぬいぐるみでも買っていこうかしら?


 マーセルからのお土産、どんな顔で受け取るのかしらね。


「馬車は二台用意しますので、一台にはあなたたちが乗ってくださいね」

「わかりました」


 クロエがうなずいて、ブレンはすぐに馬車を用意してくれた。早い。


 馬車に乗りこんで水族館へ向かう。どんな場所なのかしら……ちょっと楽しみ。


「クロエは、水族館に行ったことがある?」


 ゆるりと首を左右に振るクロエの瞳が、濁っていた。


「勉強や研究で、行く余裕がありませんでした……」

「そう……わたくしと同じね」


 公爵邸で勉強や礼儀作法ばかりを習っていた日々を思い出して、わたくしは両肩を上げる。


 ゆっくりと息を吐いて、馬車の窓から外の景色を眺めた。


「なら、今日はとことん、楽しみましょうね」

「はい!」


 クロエがぱっと、花が咲くような笑みを見せてくれた。……うん、可愛いわね。


 馬車で小一時間ほど揺られて、ようやく目的地についた。


 ここに来るのも二回目ね。館内を見るのは初めてだけど。


 そのことに眉を下げて微笑み、わたくしたちは馬車を降りた。


「思っていた以上にすごい人ですね……」

「家族連れが多いわね。人気なのかしら」

「そりゃあもう大人気ですよ。僕の調べによると!」


 ひょこっとブレンさまが現れて、パンフレットをくれた。……それを受け取り、ぱらりとめくる。


 いつの間に用意していたのかしら、ブレンさま。


「ブレン、俺にはないのか?」

「え、殿下もほしいんですか?」


 きょとんとレグルスさまを見るブレンさまに、わたくしたちはくすくすと笑ってしまった。


 きちんとレグルスさまの分も用意していたみたいで、すっと差し出す。


 レグルスさまはパンフレットを受け取って、パラパラと中身に目を通した。


「適当に見て回りますか?」

「そうね……ゆっくり歩きたいわ。見るの、初めてだから」

「じゃあお土産屋はあとにするとして……ゆっくり歩こうか」


 レグルスさまの言葉に、こくりとうなずく。あ、入場料はどうすれば……?


「良かったですね、レグルスさま。無駄にならなくて」

「今日までだからラッキーだったな」


 彼らがそう話しているのが聞こえた。


 どういう意味かしら? と二人に視線を向ける。レグルスさまは悪戯っぽく笑みを浮かべ、ひらひらと長方形の紙を見せる。


 ……これは、もしかして……チケット?


「入学したときに陛下からもらったんだ。観光にでもってさ」

「まぁ、そうでしたの……」

「よく見たらこのチケット、一枚で四人までって書いてあったんだよね。ブレント二人で見るのも虚しいし……」

「虚しい?」

「家族連れや恋人が多い場所で男同士って、かなり目立つと思わない?」


 なるほど、確かにそれは目立ちそうね。


 レグルスさまもブレンさまも、背が高くて格好良いし、女性に声をかけられそう。


 ……リンブルグには水族館、ないのかしら?


「きみたちがいてくれて良かったよ。さ、水族館を堪能しよう!」

「魚ー」


 ブレンさまが嬉しそうに笑っている。


 魚が好きなのかも……と、思ったら、続いた言葉に目を丸くした。


「今夜は魚料理がいいですねぇ」

「今から生きている魚を見るのに!?」


 クロエが思わずというようにツッコミを入れる。


 ……中々良いコンビになりそうな予感がするわ、クロエとブレンさま。

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