友人とお風呂って、夢だったのよね。

 湯船に浸かる前にクロエを椅子に座らせて、シャワーコックを捻る。水からお湯へ変わるのを待ち、彼女の髪を濡らしていく。


 クロエの髪は柔らかいのね。全体を濡らしてから、備え付けのシャンプーのポンプを押して泡立てた。


「こんなふうに、泡立ててから髪を洗うの。爪を立てないように、指の腹を使って……」


 わしゃわしゃとマッサージするように彼女の頭を洗う。あわあわになったところで、シャワーを使って泡を流す。


 そして、もう一度シャンプーを泡立てて、彼女の頭を洗った。


「カミラさまはずっとこうやって……?」

「ええ、手入れされていたわ。自分で洗えるって言ってもね」


 肩をすくめながら口にすると、クロエは小さく笑い声を上げる。


「流すから、目を閉じてね」

「はい」


 素直に目を閉じるクロエを見て、泡を流す。しっかりと洗い流してから、トリートメントを手にして毛先を中心につけていく。


 タオルをお湯で濡らしてからしっかりと絞り、彼女の髪を包み込むように巻いた。


「五分くらいこのままよ」

「……丁寧に手入れされるんですね」

「……貴女あなた、いったい今までどんな髪の手入れを……?」


 わたくしがやっていることは、普通のことだと思うのだけど……?


 クロエはちょっとだけ乾いた笑いを浮かべて、教えてくれた。


「リンスインシャンプーでがーっと……」

「……よくそれで痛まなかったわね」


 クロエのきれいな髪が痛んでなくて良かったと、心底思う。


「良い? クロエ。わたくしの侍女になるのなら、髪の手入れから肌の手入れ、いろいろなことを覚えてもらうわよ」

「は、はい……!」

「そして、貴女もそれをすること」

「え?」

「髪も肌も、手を加えることによって変わるのよ。クロエ、美人なのだから、もっときれいになると思うの」


 化粧をしているようにも見えないし……貴族の令嬢のように、バリバリのメイクをしろってことではないのだけどね。


 あれって一歩間違えば……いえ、今はそんなことを考えなくても良いわよね。


「……カミラさまのほうが美しいですよ」

「そりゃあ、アレだけ磨かれたら、誰だって美しくなるわよ……」


 思わず遠い目を浮かべてしまう。


 メイドたちにピッカピカに磨かれて、化粧水やら美容液やらを塗りたくられ……。それが普通だったので、マーセルの身体になって驚いた。


 彼女の部屋にあるのは、オールインワンの基礎化粧品だったから。


「公爵令嬢って大変なんですね……」

「その役目も終わりそうで良かったわ」

「……大丈夫ですか?」


 心配そうな声に、わたくしは眉を下げて微笑む。


 まだ、大丈夫と言い切ることはできないけれど……お父さまたちの考えを聞いて、もう二度とあの場所に戻りたくないと思ってしまった。


「……マティス殿下とレグルスさまは、どちらのほうが強いのかしら?」

「うーん……どちらでしょう。マティス殿下も、腕が立ちますよね」

「ええ。……みんな、彼に遠慮しているのかもしれないけれど……」


 マティス殿下に勝とうとしていないかもしれないし……憶測でしかないけれどね。


 そんな会話をしていると、五分なんてあっという間に過ぎる。


 蒸しタオルを取り、トリートメントを洗い流した。


「こんな感じでやってみてもらえる?」

「かしこまりました」


 乾いたタオルでクロエの髪を包み込んでからたずねる。


 彼女は神妙な顔でうなずき、立ち上がってわたくしを椅子に座らせた。


 シャワーを手にして、髪を濡らしていく。


 わたくしがやったのを真似するように、シャンプーを泡立ててわしゃわしゃと洗っていく。やっぱり覚えるのが早いわね。


 心地良い力加減で洗われて気持ち良かった。


 きっちりとわたくしがやったようにやってみせる彼女に、ふふっと笑いがこぼれる。


「どうしました?」

「いえ、なんだか……マーセルの身体になったときには驚いたけれど、彼女は自由ねって思ってしまって」


 シャンプーにしても、身体を洗うことにしても、公爵令嬢というだけメイドたちに囲まれたことを思い出して眉を下げた。


 自分でもできると伝えたことがあるけれど、『公爵夫人に罰せられます』と聞いてしまえば、抵抗する気も失せる。


「さて、次は身体の洗い方よ。背中を流してあげる!」

「……カミラさま、楽しんでいませんか?」

「楽しんだもの勝ちじゃないかしら、こういうのって」


 トリートメントを洗い流してもらってから、乾いたタオルで髪を巻いてきゅっと結ぶ。


 クロエを再び座らせて、石鹸を泡立てた。


 もこもこと泡立っていくのを見て、手でクロエの身体を洗う。


「手で洗うほうが、肌には良いのよ」

「くすぐったいです……!」


 くすぐったそうに身をよじって笑うクロエ。それを見て、わたくしも声を出して笑った。


 前のほうはさすがに自分で洗ってもらった。そして、わたくしも背中を流してもらい、全身をピカピカにしてから湯船に浸かる。


「……私、こんなに広いお風呂に入ったの初めてです」

「ふたりどころか、もっと大勢入っても大丈夫そうなくらい、広いわよね……」


 とろみのある乳白色のお湯。


 さっき入浴剤を入れたから、その効果なのか、肌がしっとりと保湿されている気がする。


「温泉に入るときって、こんな感じなのかしら?」

「温泉はもっと広いと思いますよ……」


 確か、リンブルグは海も良いけれど温泉も良いとなにかの雑誌で読んだことがある。


 リンブルグってなんでもあるのね、と考えた記憶があるの。


 この国にはなにがあるかしら、と思考して……ワイン、かな。名産品。あとは果物も美味しいと思う。


「……こんなにゆっくりとお風呂に入ったの、久しぶりです」

「忙しかったのね」

「はい。いろいろと……。良いですね、なんだか、心まで癒される気がします」

「……そうね。わたくしも、そう思うわ」


 身体が温まったら眠くなってきた。


 眠る前に、髪をきちんと乾かして、肌の手入れをしなくては。


 そんなことを考えつつ、クロエとのお喋りに夢中になってしまった。


 だって、彼女の見ている世界は、わたくしにはとっても新鮮だったのですもの!


「すっかり長湯してしまいましたね……」

「お水が飲みたいわ……」


 湯船から上がって、タオルで水滴をぬぐってからバスローブへ袖を通す。


 長湯で身体がぽかぽかとし過ぎちゃって、冷たい水を求めて歩けば、クロエに「私が用意します」と駆けていった。


 コップに水を入れて持ってきてくれたので、それを受け取りごくごくと一気に飲む。


「はぁ、美味しい……」

「お風呂上りの一杯は格別ですよね」


 クロエは自分の分の水を同じように一気に飲む。


 一気の身なんて、カミラの身体じゃできなかったわね。


 そんなことを考えて口角を上げると、クロエが首を傾げた。


「さ、寝る前にスキンケアの仕方を教えるわね」

「はい、カミラさま」


 スキンケアの仕方や、肌に塗る化粧品の話をしながら実践してみせる。


 クロエの肌にもスキンケアをしたから、明日が楽しみね。


 髪のケアの仕方やわたくし好みのオイルを教えながら手入れをした。


 ……こういうのも一度、やってみたかったのよね……!


 すべての手入れを終えて、わたくしたちはベッドに潜り込み、そのまま目を閉じて――あっという間に眠りに落ちた。

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