やっと休める……

 お父さまはパチンと指を鳴らして魔法をいた。


 そして、「それでは、これで」と三人は去っていく。


 残されたわたくしたちは、彼らがラウンジを出ていくのを見送ってから、一斉に息を吐いた。


「ごめん」

「……なにについての、謝罪でしょうか」


 レグルスさまが肩をすくめて、ちょっとだけバツが悪そうに頬を人差し指でかく。


 わたくしがじっと彼を見つめると、彼は深々とこちらに向かって頭を下げた。


「きみの意向を無視して、一騎打ちを申し込んだ」

「……それは、勝算があることなのでしょうか?」


 そう問いかけると、レグルスさまは頭を上げてニヤリと口角を上げる。


 正直、わたくしには彼の強さがわからない。


 魔術師学科では騎士学科と合同訓練をしたことがないから……


 ブレンさまは強いと話していたけれど、マティス殿下の実力だってかなりのもの……だと思う。


「大丈夫、必ず勝つから」

「……レグルスさまを信じますわ。自由にしてくださいね」

「もちろんさ。その前に……戻れるといいね」


 本当にね。


 曖昧に微笑みを浮かべると、「疲れただろう?」と気遣ってくれた。


 みんなでラウンジをあとにして、レグルスさまが予約してくれた部屋に足を進める。


 移動中、クロエが心配そうにわたくしを見ていることに気付いた。


 そっと彼女に手を伸ばすと、がしっと手を掴んでくれた。伝わってくる彼女の体温に、なぜか心が満たされる。


 レグルスさまとブレンさまが部屋まで案内してくれて、「ゆっくり休んで」と微笑む。こくりとうなずいて部屋に入った。


「わぁ……」

「素敵な部屋ですね」


 白を基調にした部屋は清潔感があってとても心地良い。ところどころに飾られている色とりどりの花たちもとてもきれい。


「……お風呂に入りたいわ」

「準備しますね」

「待って、クロエ。……一緒に入らない?」


 クロエは「え?」と目をまたたかせた。それから「えええっ!?」と声を上げた。


 その声を聞いて、くすくすと笑う。


 わたくしは浴室に向かって歩く。扉を開けて中を確認した。うん、とても広いので、充分二人で入れるわ。


 バスタブにお湯を溜め始めると、クロエが慌てたように浴室まで追ってきた。


「カミラさま、冗談ですよね!?」

「本気よ? 貴女あなた、わたくしの侍女になるのでしょう? お風呂のときにどうすれば良いのかを教えてあげる」


 にこりと微笑むと、一瞬身体を硬直させ、それから「なるほど……?」と首をかしげる。


 まぁ、この身体はマーセルのものだけど。


 お湯が溜まるまで、一休みしましょう。


「ねえ、クロエ。貴女、侍女の経験はないのよね?」

「え、ええ」

「じゃあ、お茶のれ方を教えてあげるわ。わたくし好みの味を覚えてもらいたいの」

「は、はい。わかりました!」


 さすが王室御用達ホテル。良い設備が整っている。


 おそらく、お茶を頼めばすぐに用意してくれるだろう。


 自分たちでも淹れられるように、数多くの茶葉もあるし……ゆっくり休めるようにカモミールティーでも淹れようかしら?


 クロエにお茶の淹れ方を教えると、彼女は素直に聞いてくれて、わたくしが説明したことを一度で覚えてお茶を淹れてくれた。


 こくりと一口飲んで、優しい味に思わず笑みが浮かぶ。


「美味しいわ」

「それは良かったです」


 安堵したように息を吐くクロエを見て、彼女をじっと見つめた。


「どうしました?」

「……クロエ、貴女あなたの歩む道は、本当に侍女で良いの?」


 わたくしの――カミラの侍女になってくれると、クロエは言った。それは医者の道を閉じることに繋がるのではないかと……そう思って、彼女に問いかける。


 クロエは一瞬きょとんとした表情を浮かべて、それから「なにを言い出すかと思えば……」とおかしそうに肩を震わせた。……笑い事ではないのでは……?


「この国に残ったとしても、私の医者としての道は閉ざされるでしょう。私のことを良く思っていない人が多いですからね。それなら、カミラさまと新しい道を歩いてみたい。リンブルグという、未知の土地を!」


 心底楽しそうに言い切ったクロエの勢いに、飲み込まれそうになった。


 カップを置いて、彼女の手をぎゅっと握る。


 そして、心からの「ありがとう」を言葉にした。


「あ、そろそろ溜まったかしら。クロエ、バスタオルとバスローブの準備をお願いしても良いかしら?」

「もちろんですよ」


 クロエは「きっとここら辺……」と小声でつぶやきながら、バスタオルとバスローブを探し当て、しっかりとその手に持つ。


 わたくしは浴室に向かい、お湯が溜まったのを確認してから、お湯を止める。ふと、視界に入浴剤が入った。


 せっかくだから使ってみましょう、と入れてみる。


 あ、お湯が白くなった。


 保湿効果がありそうな入浴剤ね。甘いミルクの香りが鼻腔をくすぐる。


 ゆっくり浸かると疲れが取れそう……


 ……デートは楽しかったけれど、お父さまたちとの会話は疲れたわ。


 ベネット公爵家の人たちにとって、わたくしって本当に存在価値なさそうよね……


 まぁ、そんなことは考えるのをやめましょう。


「今日はわたくしがクロエにやるわね」


 クロエが浴室まで来てバスタオルとバスローブを置くのを見て、声をかける。


「え?」

「ほら、脱いで脱いで」

「カミラさま!?」


 慌てたようなクロエの声。わたくしは気にもせずに彼女の衣服を脱がし始めた。


 クロエが着ている服って、脱がしやすくて良いわね。着るのも楽そう。


 リンブルグの服装ってどんな感じなのかしら?


 着るのも脱ぐのも楽な服だと良いなとぼんやり考える。……そして、クロエはナイスバディだった。羨ましいくらいに。


「な、なんですか、その目は!」

「なにを食べたらこんなに大きくなるのかしら……」

「目が怖いですよ、カミラさま!」


 あら、失礼、と言葉を紡ぐと、クロエは「カミラさまも脱いでください!」とわたくしの服を脱がしにかかった。


 でも、その手が止まり困惑したように「え、これどうなっているんですか!?」とパニックを起こした。……これでも簡単な服を着てきたのよ。


 マーセルの服って、自分でも着られるようなデザインが多くて助かったわ。


「貴族の令嬢が着る服って、脱がせるの大変ですね……」

「着せるのも大変そうだったわよ」


 公爵邸にいた頃を思い出して、くすりと笑う。


 わたくしの着替えに、かなりの時間をかけていたもの。


 もちろん、着替えだけが理由ではないけれど。


 髪型やメイクなんかも時間をかけていたからね。その日の天気ややるべきことによって違うのよ。


 だからこそ、学園の制服はとても楽に感じるのだけど……


 ……マーセルも結構なナイスバディね。


 じっとこちらを見つめるクロエの視線の先に気付いて、わたくしは両肩を上げた。

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