ラウンジにて。

 落ち着いた雰囲気のラウンジにつくと、お父さまたちに勧められるまま椅子に座る。


 夜景を眺めながら、ノンアルコールのカクテルをいただくことになった。


 お父さまたちは普通にカクテルを頼んだけれど、わたくしたちは学生だから……クロエはお酒を飲める年齢だけど、ノンアルコールカクテルを選んだみたい。


「それでは、今日出会えた奇跡に、乾杯」


 乾杯、と軽くグラスを上げてから、一口飲む。甘い桃の香りと味がした。


 お父さまは上機嫌そうににこにこしていたけれど、お母さまはツンとした表情でカクテルを飲み、お兄さまはそんな二人を見て肩をすくめる。


「そういえば、カミラ嬢は一緒ではないのですね」

「ああ……あの子は、やることがあると言ってね。誘ったけれど、来なかったんだ」


 嘘ね。


 たぶん、また閉じ込められたんだわ。あの部屋に。


 成績が落ちるのも目に見えているし、なにより魔術師学科にいながら魔法が使えないんじゃ、落第になってもおかしくない。


「……公爵さま、マティス殿下は、わたくしのことを……?」


 そうたずねると、お父さまは「ああ、そうだった」とカクテルを飲んでから、口を開いた。


「とても可愛く、清廉せいれんな少女だ、と。心の芯が強く、めげずにがんばっていると……そう、聞いている」

「そうですか……」


 ……べた惚れね。マティス殿下に必要なのは、そういう人なのかもしれない。どう考えたって、わたくしよりもマーセルのほうが、彼とお似合いだし。


「めげるようなことが、あったのかい?」


 心配そうなお父さまの言葉に、思わず言葉を失う。


 ……わたくしに対して、そんなふうに接してくれた一度たりともなかった。


 なにも言えずにいると、レグルスさまが辺りを見渡して人差し指を口元に立てる。


「ここでは少し……言いづらいと思いますよ。誰が聞いているかもわかりませんから」


 それだけで、お父さまは察したようだった。


 わたくしは曖昧に微笑んでみせると、お兄さまが近付いてきて、そっと手を伸ばして頭を撫でた。――まるで、慰めるように。


 目をまたたかせてお兄さまを見ると、彼はバツが悪そうに視線をそらした。


 ……知っているのね、マーセルが、自分の本当の妹だと。


「そう、大変だったのね……」


 ぽつり、とお母さまが言葉をこぼす。


 あの鋭い視線はなんだったのかしら、と思うくらい優しい声色だった。思わず、お母さまを見つめてしまう。


 ……マーセルと同じプラチナブロンドがふわりと揺れて、扇で口元は隠れているけれど、その視線から温かさを感じた。あわれむような、その言葉にわたくしはやっぱり、曖昧に微笑むことしかできなかった。


「……カミラさまは、どんな方ですか?」


 きっと今なら、素直な気持ちを話してくれるのではないかと思い、そうたずねる。


 お父さまたちから見たわたくしのことが知りたくなったの。お父さまはふっと目を伏せて「よくできた子だよ」と答えた。


「わたくしが礼儀作法を教えているのですから、当たり前ですわ。あの子はマティス殿下の婚約者ですから」


 考えていた通り、わたくしがマティス殿下の婚約者だから、あんなに厳しかったのね。いえ、もしかしたら……ううん、これはただの憶測でしかないわ。


「マティス殿下とカミラ嬢は、想い合っているように見えますか?」

「いや、全然。だが、王族の婚約とはそんなものだろう?」


 両肩を上げるお兄さまに、レグルスさま「はそうなんですね」と『この国』は、を強調する。ブレンさまはそんな会話に参加することなく、食べ物を注文して、クロエと食べていた。


 幸せそうに食べているブレンさまと、心配そうにこちらをうかがうクロエ。


「ああ、そういえば……おかしなことがあったな。カミラがマティス殿下との婚約を白紙にしたいと言ってきた」

「……まぁ、そうなんですか?」

「なにを言っているんだ、と一蹴したがね。反抗期というやつだろうか」


 反抗なんて許さないくせに、なにを言っているのかしら。お父さまはマジマジとわたくしを見て、「もしかしたら」と微笑む。


「きみがマティス殿下と仲が良いから、カミラは嫉妬したのかもしれないね?」


 ぞわっと鳥肌が立った。


 勘違いもここまで来ると恐怖を感じる。


 マティス殿下とマーセルの関係に気付いたのは、この身体になってからだ。


 わたくしが眉を下げるのを見ると、お兄さまがもう一度わたくしの頭を撫でた。……なんだか複雑な気分だわ。


「小公爵さま?」

「ああ、すまない、つい……」


 お兄さまは、マーセルのことをこんなふうに可愛がりたかったのかしら。だとしたら、中身が『カミラ』で残念ね。


「あの、どうしても、マティス殿下とカミラさまの婚約は白紙にできないのでしょうか?」

「どうしたんだい、マーセル。なにか気になることでも?」

「マティス殿下とカミラさまでは、その……あまり相性が良くないような気がしまして……」


 自分でこう口にするのは、少し抵抗があるけれど……婚約を白紙にしてほしいから、言葉にした。


 お父さまたちは驚いたように目を丸くし、わたくし――『マーセル』がそんなことを言うとは思わなかったのだろう。


「きみはマティス殿下と親しいとは聞いていたが、そんな話もする仲なのか?」


 すっと目元を細めて見極めるように低い声で問いかけるお父さま。


 じっとその瞳を見つめながら、こくりとうなずいた。


 すでに、マーセルとマティス殿下には身体の関係がある。


 そして、マティス殿下はマーセルが本来の公爵令嬢であることも知っていた。


「……そうか。殿下はどこまで……ご存知なのだろうな」

「公爵さま?」


 ぱちん、とお父さまが指を鳴らす。


 こうして魔法を使うところを見るのは、初めてだ。これは……防音の魔法?


 こちらからは外の声が聞こえるけれど、この魔法の範囲内にいる人たちの声は決して外に漏れないという、防音の魔法だろう。


 よく使われるのは会議のときだ。


「きみたちは、どこまで知っている?」

「……なにを、でしょうか?」

「とぼけなくてもいい。どうせ知っているのだろう。マーセル、お前が本来ならば――公爵家の令嬢として育つべきだったことを」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る