話を聞くのが楽しい。

「そういえば、リンブルグは他国から妃を、とのことですが……一人だけなのですか?」

「ああ。こっちの国は一夫多妻だっけ」


 わたくしはこくりとうなずいた。側室の子は第一王女のビアンカさまだけだ。おそらく他国に嫁ぐことになるだろうと話していたことを思い出す。


 とても懐いてくれて、『カミラお姉さま』と花のように笑う彼女のことを、何度可愛いと思ったことか……! 王城での癒しなのよね、ビアンカさま。


「リンブルグは一夫一妻だなぁ」

「ですね。子どものことに関しても、王太子候補はたくさんいるわけですし」

「あの、王太子になりたい方って、あまりいなかったのですか?」


 いないから押し付けられた、と苦々しくつぶやくレグルスさまを見て、国の在り方って様々なのね、と遠い目をすることしかできなかった。


「まぁ、なりたい人は多少いたけど、それは陛下が指名した候補じゃない人だったし……正直、あんまり関わり合いになりなくない部類の性格のヤツだったから、こっちも結構苦労したよなぁ?」


「ええ、なかなか姑息な手を使う人でしたからねぇ」


 この人たち、どうしてそんなにあっさりと口にできるのかしら?


「まぁ、そんなわけで俺と婚約すると、国もついてくるわけだけど」

「……なんだか、不思議なくらい、大丈夫な気がしてきました」

「私もカミラさまなら絶対大丈夫だと思います。問題は私ですよ、侍女って貴族じゃなくてもなれましたっけ?」

「その手続きはリンブルグでやれば大丈夫だと思いますよー。いやぁ、面白くなってきましたね、レグルスさま」


 この状況を面白がれることに感心してしまう。心に余裕があるということかしら?


 レグルスさまはふっと微笑みを浮かべて、同意するように「そうだな」とうなずいた。


 リンブルグの国民がわたくしを受け入れてくれるかはわからないけれど、彼らの話を聞いていると大丈夫な気がしてきたわ。


「たっぷり話し込んじゃいましたね」


 最後の一切れを食べてから、ブレンさまが言葉をこぼす。


 お代わりしたカフェオレも、もう残っていない。


 長居してしまったね……それだけ、彼らの話が興味深かったということ。


「また今度、デートしましょう。今度はふたりきりでどうですか?」


 クロエにたずねるブレンに、わたくしとレグルスさまは視線をわしてから彼女を見る。


 ビックリしたように目を丸くしたけれど、頬を赤らめて「は、はい……」と承諾の言葉をつぶやいた。


 ブレンさまって結構ぐいぐいアプローチしていくタイプなのね。


 クロエも満更ではなさそうだし……このまま恋人になるのかしら?


 もしもそうなったら、素敵なことだと思う。


「俺たちも今度、ふたりきりでデートしよう。きみの身体が戻ってから、になるけどさ」


 レグルスさまに誘われて、自分の顔が赤くなるのがわかった。ゆっくりとうなずいて彼を見ると、嬉しそうに目元を細めて笑った。


 ……そうよね。この身体はマーセルのものだから……二人きりでデートするには、リスクが高すぎる。


 ドキドキと早鐘を打つ鼓動を落ち着かせようと、何度か深呼吸を繰り返す。少し落ち着いてから、わたくしたちはカフェをあとにした。


「暗くなってきましたね。時間が過ぎるのはあっという間です」


 ブレンさまが空を見上げながら言葉を紡ぎ、わたくしたちも空を見上げた。オレンジ色に染まる王都を眺めて、今日が終わることを残念に思い、そっと胸元に手を置く。


 ――……楽しかったのね、わたくし。


 今日、外の世界をこの目で見られて。


 平民たちが一生懸命に働いている姿や、遊んでいる姿を見た。


 みんな、楽しそうで……キラキラしていて……これが一部のことだって、ちゃんとわかっている。


 わかってはいるけれど……実際に見てみて、国民たちはみんな生きているのだと改めて実感した。


 わたくしは本当に、勉強をして知っているだけで、実際の国民のことは知らなかったから。


 そして――この国がリンブルグの留学生たちを冷遇していたことを知って、情けなくもなった。


 交換留学でリンブルグに向かったのは第三王子だ。彼はまだ幼いから、同じくらいの年齢のマティス殿下が向かうべきだったのではないか、と今でも思っている。


 でも、彼はかたくなに留学を嫌がった。


 もしかしたら、彼の提案なのかもしれない。そうだとしたら――……


「あ、馬車来ましたよ。行きましょう、寮へ」

「え?」


 ホテルを予約していると言っていたと思うのだけど……? と目をまたたかせていると、馬車に乗せられた。そしてそのまま寮に戻る。


 ぎゅっとノートを抱きしめて、キラキラとしている世界を馬車の窓からじっと見つめた。


 帰り道は誰も喋らず、静かだったけれど……なぜかしら、あまり重々しい雰囲気ではなかったのよね。


 公爵邸では、沈黙はかなり重い雰囲気になるのに。


 そんなことを考えていると、寮についた。門限ギリギリみたいね。


 馬車から降りて、わたくしはレグルスさまとブレンさまに向かい、カーテシーをした。


 すると、彼らは驚いたように目を丸くしたけれど、すぐに胸元に手を当てて頭を下げた。二人とも、その動きがとても洗練されていて格好いい。


「今日は楽しい時間をありがとうございました。リンブルグのことを教えていただけて、とても勉強になりましたわ」

「楽しんでもらえたなら、良かった」

「僕たちも楽しかったですよねー」


 にこやかに微笑むレグルスさまに、ほのぼのと答えるブレンさま。


 騎士学科と傭兵学科、別々の科に入れられたというのに、彼らはあまり……気にしてないように見える。想定済みだったのかしら?


「あの、ブレンさま。クロエのこと、よろしくお願いしますね。わたくしが口を出すことではないと思いますが……彼女は、わたくしの友人ですので」

「か……マーセルさま……」


 感極まったようにクロエがわたくしを見た。


 そんなクロエに向けて微笑みを浮かべると、そっと彼女の肩に手を置く。


 ブレンさまはそれを見て、パチパチと目をまたたかせたあとに、「もちろんです。大切にしますよ」とものすっごく甘い声で言った。


 クロエを見ると、顔を真っ赤に染めて、ハッとしたように顔を上げる。


「いや、そもそも、私たち付き合っていませんからッ!」

「時間の問題ではなくて?」

「からかって楽しんでますよね!?」


 だって、馬車の中でちらりと様子を見たときに、クロエはちらちらとブレンさまを見ていたから、気になっていないわけではないでしょうし。……なんて、ね。

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