緩い……緩すぎる……!

 興奮しているクロエに、その興奮を抑えてもらうため、コーヒーを勧めた。彼女はハッとした表情を浮かべて、大人しくコーヒーを口にする。


「……前に、公爵家の人間から王太子を選んだって……」

「陛下、兄弟多いんだよ……」

「まさかその中から押し付けら……選ばれるとは、レグルスさまも大変ですよねぇ」


 注文していたガトーショコラが届いて、ブレンさまは嬉々として食べる。


 なんというか、胸やけしないのかしらと少しハラハラする食べっぷり。でも、ここまでにこにこと美味しそうに食べられると、天晴あっぱれと言いたくなるわね。


「大変なのはお前もだろー? 乳母兄妹ってだけで、俺の護衛なんだから」


 二人が親しいのは、そういう理由もあったのね。


 仲が良くて羨ましい。だって考えてみればわたくし、親しい友人がいないもの……


 そりゃあお茶会に招待したり、招待されたりはあったけれど、それもすべてお母さまが決めていたから。


「それと、どうしてこの国の人を、妃にしなければいけないのですか?」

「リンブルグって他国から妃を迎えるのが風習なんだよね。で、今回はここにしようってことで。ちょうど留学の誘いがきていたし」

「……お待ちください。この国からリンブルグの王太子であるレグルスさまに、留学の誘いが?」


 こくりとうなずくのを見て、わたくしは思わず額に手を置いて、重々しく息を吐いた。


 レグルスさまたちに深々と頭を下げる。


「申し訳ございません。誘った側のこちらが、レグルスさまたちに対して……!」

「いや、カミラ嬢が謝ることではないだろう。逆に楽しくなってきたし」

「た、楽しい、ですか……?」


 驚いて変な声になってしまった。こほんと咳払いをして、彼らを見る。この国のしてきたことに対して、本当にあまり気にしていない様子だ。


 普通、冷遇されているのを知ったら怒らない? それだけ、寛容ということなのかしら?


「この留学だって、妃を見つけたら早々に帰るつもりの留学だったし」

「まぁ、受け入れてくれるかどうかは、カミラさまのお心次第ですけどねー」


 幸せそうにガトーショコラを口に運びながら、ブレンさまがこちらを見た。


 ……この人たち、結構なマイペースさもあるわね。


「……あの、もしも……もしも、カミラさまがリンブルグの妃として行くとして、カミラさまの待遇はどのようなものになりますか?」

「リンブルグを知ってもらうための勉強はしてもらいますが、三食昼寝付き、デートもたくさん。こんな感じでしょうか、歴代の妃って」

「……緩くありませんか?」

「ゆるゆるですねぇ。どうしてこれでうまくいっているんでしょう?」


 わたくしが知りたい……!


 緩い、緩すぎるわ、リンブルグ……!


 この国の妃候補って、かなりがちがちに教育を進めていくし、マナー講座、お茶会の準備、すべてにおいての教育を受けさせられる。


 わたくしも第一王子の婚約者ということで、そういう教育を受けていた。お母さまからもかなり厳しく躾けられた。……これは、あまり思い出したくないこと。


「本当のわたくしが、公爵令嬢ではなくても、よろしいのですか?」

「大丈夫大丈夫、現王の祖父は踊り子をめとったし」

「踊り子!?」

「一目惚れだって」


 ど、どんな人でも妃になるチャンスがあるってことよね。でも、どうしてわざわざ他国から妃を選んでいるのかしら?


 普通、自国の爵位から選ぶ。それこそ、生まれた瞬間に婚約者が決まっていることも多い。


「リンブルグって、想像以上に穏やかな国……なのですね?」


 これを穏やかの一言で済ませるのは、なにか違う気がしたけれど……わたくしにはその言葉しか浮かばなかったわ。


「穏やかというか……」

「能天気?」

「そもそも他国の血を入れないと濃くなりすぎるし」

「そうするといろいろ……ねぇ?」


 レグルスさまとブレンさまが顔を見合わせてぽんぽんと言葉をわす。まるでコントを見ている感じだわ。……いえ、本で読んだだけなのだけれど。


 そして、他国から妃を選ぶのは、そういう理由だったのね。あら、そうなるとマティス殿下とマーセルって……深く考えるのはやめましょう。闇だわ。


 まさか、わたくしとマーセルが入れ替わった理由って……それが理由ではないわよね?


 そうだとしたら、頭が痛いわ。


「リンブルグは、ずっとそうしていたのですか?」


 気になったのか、クロエがたずねた。レグルスさまがこくりとうなずくのを見て、目を大きく見開く。そして、考えるように顎に指をかけて目を伏せた。


 すぐに考えるのをやめるように首を左右に振り、コーヒーを飲む。


「ちなみに、リンブルグではどのようなデートをするのですか?」


 にっこりと微笑んで首を傾げてみせるクロエに、わたくしはカフェオレを口にする。甘さの中にほろ苦さがあって美味しい。


「そうだなぁ。舞台を見たり祭りに行ったり、船で旅行したり?」

「それは……観光、なのでは……?」

「まぁ、見て楽しんでもらうのが一番だから」

「リンブルグを知って、好きになってくれると嬉しいですね。クロエさんは僕とデートしますか?」


 ぎょっとしたようにクロエが目を見開き、頬を赤く染めた。


「か、からかわないでください……!」

「え、本気ですけど……?」


 あ、クロエが顔を隠しちゃった。きっと彼女はずっと勉強をがんばってきたのよね。


 もしかしたら、クロエにとってこれが『初デート』だったのかもしれない。


 そして、ナチュラルにクロエを口説くブレンさま。やるわね。なんて、そんなことを考えてしまった。


 でも、そのおかげで一気に気が抜けちゃったわ。


 さっきまで結構真面目に考えていたのに、こういうふうに気が楽になるのって、なんだか良いわねぇ。

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