手作りパンフレット。

 王都の中央広場について、馬車から降りる。


 ブレンさま、レグルスさま、クロエ、わたくしの順。


 少し面白かったのは、レグルスさまとクロエがわたくしに手を差し出したこと。


 二人の手を取って馬車から降りてみた。幼い頃、少し憧れた降り方だ。


「……王都をゆっくり見るのは初めてだわ」

「僕たちもです。美味しいものをたくさん食べましょうー」

「本当、食うの好きだな……」


 呆れたように肩をすくめるレグルスさまに、ブレンさまは聞いているのかいないのか、すっと内ポケットからパンフレット? を取り出してパラパラとめくる。


「ここ、入ってみませんか? 女性と一緒じゃないと、入りづらそうで」


 ブレンさまはパンケーキのお店を指した。薄めのパンケーキが並べられ、上にたっぷりのホイップクリーム、さらにストロベリーソースかしら? ピンク色のソースがとろりと垂らされている絵をわたくしとクロエに見せた。


 甘いものが好きなのかもしれないわね。


「レグルスさまは、甘いもの……平気ですか?」

「特に好き嫌いはないが、甘すぎるのはちょっと」

「大丈夫ですよ、この店、しょっぱい系もありますから!」


 どうやらブレンさまは、どうしてもそのお店に行きたいようね。


 ふふっと笑ってしまった。こういうお店、一度も入ったことがないから、楽しみになってきたわ。


「それにしても、このパンフレット? は、手作りですか?」

「はい。この国に留学することになったので、ちまちま作っていました」

「少し見せていただいても?」


 どうぞ、と渡されたパンフレットを見てみる。


 王都の美味しいと有名な……もしくは、ブレンさまが食べてみたいと思っているであろう飲食店が何軒もピックアップされていた。


 どれも絵付きだ。赤い丸が塗られているところがあった。市場……かしら?


「この赤い丸は?」

「一度食べてみたところです。そこの串焼きがとても美味しくて……」


 本当に食べることが好きなのね。幸せそうに語るブレンさまに、レグルスさまは諦めたように息を吐いた。


 あら? でも王都をゆっくり見るのは初めてって言っていたわよね……?


 首をかしげると、ブレンさまは言葉を紡ぐ。


「実習じゃなければもっとゆっくり食べられたのに……。残念です」

「実習中に食べたの!?」

「僕の相手、弱かったのでさくっと終わらせて自由時間を得たんです」


 強いのね。傭兵学科の実習って、いったいどんなことを王都でやったのかしら……?


 他の学科のことって、よくわからないのよね。


 パンフレットをブレンに返して、とりあえず中央広場からパンケーキのお店に向かうことにした。街の人たちを見ていると、みんな楽しそうに歩いている。


 幼い子が、両親と両手を繋いで歩いているのを見て、目を細めた。


 きっと、あの家族は幸せなのだろう。


「ブレンさまはよく、あんなに美味しそうなお店を調べられましたね」


 感心したようにクロエがつぶやく。わたくしもうなずいた。パラパラと見ただけだけど、ブレンさまの食に対する意欲が良くわかるパンフレットだった。絵も美味しそうに描かれていて、思わず食べてみたい! と思えるほど。


「自国の美味しそうなお店も調べていますよ。職業柄、なかなか行けないんですけどね」

「悪かったな、俺の護衛で」

「いやぁ、殿下の毒見役としても美味しいものが食べられるので……」


 リンブルグって平和な国というイメージなのだけど、違うのかしら?


 毒見……とわたくしとクロエが顔を見合わせると、「あったなそんなこと」とレグルスさまがあまり気にしていない口調で両肩を上げた。


 歩きながら話していたから、いつの間にか目的のお店についた。店内に入って、二階の個室に通される。


 店内を見渡せば、確かに男性だけでは入りにくそうな、可愛らしい飾り付けがされていて、よくこの店のことを知っていたなぁと感心した。


 二階の個室に入り、メニューを眺める。


 どれも美味しそうだけど……本当にこんなにたっぷりのホイップを使っているのかしらと思うくらい、ホイップクリームの山。


 わたくしはクロエと相談して、食べきれなかったらいやだからシェアしようと決めた。


 ベリー系のパンケーキにしようかと話して、ブレンさまはチョコバナナのパンケーキ、レグルスさまは食事系のパンケーキを選び、全員分の紅茶を一緒に注文する。


「レグルスさま、ブレンさま、先程の毒見役というのは……?」

「俺が王太子になるまでに、いろいろあったんだよ……。陛下たちに子どもができなかったことは話しただろう?」


 こくりとうなずく。だから、公爵家のレグルスさまが選ばれたのだと。


 子どもがいれば継承権は子どものものだろうけど……こればかりはね。


「陛下たちは仲睦まじいから、子どもができなかったらできなかったで、いつまでも二人でいられていいって感じでしたよね。まぁ、そこでレグルス殿下に王太子にならない? ってお誘いがきたわけです」


 軽い! そんなに軽く王太子を選んでいいの!? わたくしとクロエが目を丸くしていると、レグルスさまが懐かしそうに目元を細めた。……いいの、本当に……?


「俺より自分のほうが! ってヤツから毒を盛られたりしたけど、それは留学前に解決したから心配ないよ」

「自信家でしたよねぇ。彼が王になったら、転がり落ちるのが目に見えます」


 ザクザクと……そしてあまりにもさらっと口にしているから、話の内容と彼らの表情があまりにも合っていなくて困惑してしまう。


 毒を口にしたブレンさまは大丈夫だったのかとか、いったい誰が犯人だったのかとか、いろいろな考えが巡ってなにも言葉が出なかった。


 ふと、クロエがマジマジとブレンさまを興味深そうに見ていることに気付いて、「クロエ?」と彼女の名を呼ぶ。


「毒を飲んでも平気なんですか?」

「はい。僕はなぜか昔から毒が効かないんです」

「毒が含まれていることには、どうやって気付くのですか?」

「舌で。混ざっているなーってわかるんですよ」


 特殊体質みたいなものなのかしら……?


 毒が効かない、毒の味がわかる? 確かに毒見役にはぴったりな人なのかもしれないけれど……それをにこにこと笑いながら口にできる彼がすごい気がするわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る