クロエの興味の対象。

「……どんな毒でも効かないのですか? 致死量でも?」

「どうなんでしょう。致死量までは飲んだことがないので……本当に、一口だけでわかるので」

「素晴らしい才能です……!」


 目をキラキラと輝かせながら、ブレンさまを見るクロエ。どうやら彼に興味を持ったみたいね。


 彼女は医者だから、いろいろな考えが巡ったのかしら……?


 わたくしとレグルスさまは視線を合わせて、小さく眉を下げて微笑みを浮かべた。


 そんな話をしていると、「お待たせしました」とパンケーキと紅茶が運ばれてきた。実際見てみると、本当にすごいホイップの量! どうやって食べるのが正解なのかわからないくらい。


「美味しそうですねー」

「ふふ、ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」


 ぺこりと頭を下げて店員が去っていった。


 早速いただきましょう、とナイフとフォークを手にして、なんとかパンケーキを取り皿に乗せる。ホイップクリームはスプーンで掬ってお皿へ。


 こういうこと、したことがなかったからなんだか不思議な感覚だけど……楽しいわ。


 一口サイズに切り分けて、ぱくりと食べてみる。薄めのパンケーキは思っていたよりも甘さが控えめだった。


 その代わりに、ホイップクリームが甘い。甘いのに軽い! さらにベリーソースがかかっているところは甘酸っぱい!


「おいしい……」

「薄いのにふわふわしているんですね。ホイップクリームも軽いですし、思ったよりも食べられそうです」


 わたくしもクロエに同意した。


 こんなに美味しいパンケーキを初めて食べたわ。


 パンケーキ自体は、公爵家でもたまに出ていたけれど、こんなにたっぷりのホイップではなかったから。


 ブレンさまのほうを見ると、にこにこと幸せそうに食べていた。ものすごく、幸せそうに……本当に食べるのが好きなのね。


 ちらりとレグルスさまを見てみると、彼もぱくぱくときれいに食べていた。


 お食事系というだけあって、サラダや厚切りのベーコン、目玉焼きが乗っていた。今度、機会があればそちらも試してみたいわ。


 美味しいものを満足するまで食べて、紅茶で口の中をさっぱりとさせてからお店をあとにした。


 代金を支払おうとしたのだけど、先に「デートだから」とレグルスさまに止められた。ブレンさまもレグルスさまと同じ考えのようで、うんうんとうなずいている。


 わたくしとクロエは視線をわして、「ごちそうさまでした」とふたりに頭を下げた。


 男性におごってもらうなんて、初めてのことでなんだか不思議な気持ち。


 お店を出て、「他の店も見てみよう」と誘われて、わたくしたちはうなずいた。王都にはいろんなお店があるのね、と改めて感じた。


 そういえば、わたくし……王都をこんなふうに見て回るの、初めてかもしれない。


 もちろん、王都を通ることはあったけれど、自由に見て回ることはできなかったから。


「みんな元気そうね」

「平民たちは元気ですね。地方がどうなっているかはわかりませんが……」

「そう。地方の人たちも元気だと良いわね」


 楽し気に走り回る子どもたち。それを見守っている親や兄弟。なにかを話している人たち。


 知らなかった。こんなに笑顔で溢れている王都だったとは。


「陛下の努力のたまものですね」

「陛下というよりは、臣下の人たちでしょうか。有能な方々ががんばっていらっしゃいます」


 肩をすくめて話すクロエに、わたくしは陛下の顔を思い出して小さく息を吐いた。


 わたくしとマティス殿下の婚約を決めたのはお父さまと陛下。


 なぜそんなことを決めたのかわからないけれど……そもそも、陛下はわたくしが本当の公爵令嬢ではないことを、ご存知なのかしら?


「雑貨はお好きですか?」

「雑貨? ……あまり、見たことがありません」

「それなら、女性が好きそうな雑貨店を見つけたので、行ってみませんか?」

「詳しいのですね……」


 ブレンさまが自作のパンフレットを広げて、「ここなんですが」と教えてくれた。本当によくできている。彼は絵の才能もあるのよねぇ……とぼんやり思っていると、ぐっと腕を引かれた。


「きゃっ」

「すまない、人にぶつかりそうだったから」


 腕を引いたのはレグルスさまだった。確かに人が多く行きう王都。たくさんの人が歩いている。


 こんなふうにかばわれるのも初めてで、なんだか本当にわたくしとマティス殿下って、形だけの婚約者だったのね。


 いや、そもそもこんなふうに彼と歩いたことさえないわ。『デート』なんてしたことないし、誘ったことも誘われたこともない。


 ただ、パーティーで一緒に踊る……くらいの関係だもの。


 ……婚約者とは……?


「どうかした?」

「いえ、なんというか……振り返ってみて、やっぱり無理だな、と」

「それは……どういう意味?」


 ひっそりと言葉を続けた。誰にも聞かれないように。


「マティス殿下とこんなふうに歩いたことがなかったので……やはりわたくしには、殿下との婚約は無理だな、と」

「……そうか。俺と婚約したら、たくさんデートしようね」


 え? と目を丸くすると、レグルスさまは悪戯いたずらっぽく笑って、わたくしの腕から手を離した。


 顔が熱いわ。赤くなっていそう。


 冷まそうと思って、手の甲を頬に押し付けた。ぽん、とクロエがわたくしの肩に手を置いて、微笑む。


「行きましょう、雑貨店」

「え、ええ……そうね」


 なんだかドキドキさせられているような気がする。


 公爵令嬢ではないかもしれないわたくしに、どうしてそこまで優しくしてくれるの……?

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