傭兵学科の方。

「か……いえ、マーセルさま、ごきげんよう」

「ごきげんよう、クロエ。そして、マーセルと申します。以後お見知りおきを」


 王都へ続く道の前に馬車が一台。


 その馬車の近くに、クロエと見知らぬ青年が立っていた。


 クロエはわたくしたちに気付くと、すっと胸元に手を当てて頭を下げる。


 傭兵学科の人も同じように頭を下げた。傭兵というよりは騎士のように見えるわね。


 やはり、見知った人ではないみたい。彼は顔を上げると、レグルスさまに視線を移す。レグルスさまが小さくうなずくと、にこっと微笑みを浮かべてわたくしに自己紹介をしてくれた。


「初めまして、マーセル嬢。僕はブレン。傭兵学科で学んでいます」


 朱色の髪に茶色の瞳。傭兵学科にいるだけあって、身体は大きいし、がっしりとしているのかがわかる。


 レグルスさまとどんな関係なのかしらと二人を交互に見ると、レグルスはブレンに近付いて肩に手を乗せた。


「俺の護衛だったはずなんだがな、なぜか傭兵学科に行くことになった」

「……まぁ」


 わたくしは口元を隠すように手で覆う。他国の王太子であるレグルスさまの護衛を、わざわざ別の学科に所属させたことに、悪意を感じる。


「まぁ、レグルス殿下はお強いので、僕がいてもいなくても関係ないような気がしますけどねー」


 対してブレンさまは、のほほんとそんなことを口にした。


 レグルスさまが「確かに俺は強いけど」と笑う。彼の実力をわたくしは知らないから、なんとも言えないのだけど……二人とも離れていることは、あまり気にしていないみたい。


「それでは、王都へ向かいましょう」


 パンパンとクロエが両手を叩いてわたくしたちを馬車に乗せる。


 彼女は、こんなにわたくしと一緒にいて大丈夫なのかしら? と疑問を抱いたけれど、全員馬車に乗って動き出してから、クロエは口を開いた。


「できるだけ、マーセルさまのそばにいるように、との殿下の指示です」


 と、わたくしの疑問を感じ取ったのか、教えてくれた。


 昨日、わたくしがショックを受けていたから、彼女にそう指示をしたのかもしれないわね。


 その優しさはすべてマーセルに向けているものだ。


「……それにしても、本当に面白いですね」

「え?」

「中身と外見がちぐはぐな人には、初めてお会いしました」


 わたくしは目をまたたかせた。ブレンさまも、わたくしが『マーセル』ではないことに気付いているのだとしたら……リンブルグの人はかなり勘が良いということ?


 それとも、彼らにはなにかがえているのかしら?


 二人を興味深そうに眺めると、ブレンさまはにこにこと微笑んでいた。


「ブレンはこういうことに結構詳しいんだ」

「そうですの? では、わたくしたちが元に戻る方法をご存知ですか?」

「んー、もうひとりの方もてみないとなんとも。なにか……不思議な縁で結ばれているように視えます」


 わたくしがマーセルとどんな縁で結ばれているのか、知りたいような知りたくないような……。ブレンさまはどうして、そういうことがわかるのかしら? 不思議だわ。


「ブレンの家は代々魔術師でな。そういう関係の相談事が結構あるんだ」

「魔術で中身を入れ替えられるのですか?」

「はい。そういう魔術もありますが……。どちらかというと、呪いのようなもんでしょうね、これは」


 隣に座っているクロエが目を丸くしながらたずねた。


 ……呪われるようなことをした覚えがないのだけど……


 でも、人はどこで恨みを買うかわからないものよね。『完璧な公爵令嬢』であるために努力し続けていたことを、面白く思わない人がいたのかもしれないわ。


 ……まぁ、元の身体に戻ったら、もうそんな努力をやめるつもり。


「……疑っていては、キリがなくてつらいわ……」


 わたくしかマーセルか、それともわたくしか。


 どれだけ考えても答えが出ないことは、考えないようにしましょう。


「ところで、本名を教えてくださいませんか?」

「カミラと申します」


 ブレンがわたくしをじっと見て、小さくうなずいた。


 なんのうなずきだったのかはわからないけれど、「俺の言った通りだったろう?」とブレンさまにレグルスさまが声をかけた。彼は足を組んでニヤリと口角を上げる。


「なるほど、確かに。この魂の清廉せいれんさは、レグルス殿下の好みですね」

「魂の清廉さ?」

「リンブルグの特徴でしょうか。魂の色がえるのです。カミラさまの色は真っ白ですね。これはとても珍しいことです」


 思わず心臓の上に手を置いた。


 わたくしの魂の色が真っ白? クロエを見るといぶかしむように眉間に皺を刻んでいた。珍しい魂の色ってどういうことなの……? そもそも、魂って色付くものなの……?


「ちなみにクロエさんは青い炎のようにえます。意欲があるんですね」

「た、魂占い……?」

「占い! 良い表現ですね!」


 楽しそうなブレンさまに、レグルスさまが肩を震わせて笑った。……なぜかしら、みんなで話していると、あれだけ暗い気持ちだったのかが嘘のように消えてしまった。


 くすくすと笑うわたくしに、クロエがほっと安堵したかのように息を吐く。


「王都に行こうと最初に提案したのは、どなたですか?」

「レグルスさまです。カミラさまを一人にするよりは、って」

「昨日の今日だからどうかとも思ったんだが……気になってな」


 ……やっぱりわたくしのことを心配してくれたのね。とてもありがたいことだわ。

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