やることがたくさんあるわね。
「私が嫌がらせを受け始めたのは、入学から間もなくです」
「なんですって?」
「……一度、失敗をしてしまって。それから……『なにもできないヤツ』って……」
いったいどんな失敗をしたのかしら……? マーセルはどんよりとした雰囲気で黙り込んでしまった。
どんな失敗をしたかは、聞かないことにしましょう。聞いたら、面倒そうな予感がする。
わたくしがマーセルの話を聞いたところで、解決するとは思わない。
とにかく、わたくしがやることは、一ヶ月のあいだにマーセルの評判を高め、なぜわたくしたちが男爵家と公爵家という身分差のある家に引き取られたのかを調べる。
一度、男爵家に行ったほうが良いのかもしれない。マーセルに優しい両親だったのなら、教えてくれるかもしれないから。
「……
貴族のどろどろとした感じが、ここにまで来ているなんて。
学園は夢と希望を持つ場所と言われているのに、その実態はこうだもの。
平民たちのあいだにも、こういうことはあるのかしら? それにしても、本当に嘆かわしい。国を背負い、平民たちを導く貴族が、こんなことをしているなんて。
「どうしたら、カミラさまのように強くなれるのですか……?」
「あら、わたくしは強くなくてよ。そう見せていただけ。『完璧な公爵令嬢』でなければ、価値がなかったから」
自分で言っていて、虚しくなってきたわ。
家族に愛されたくてがんばってきたのに……いいえ、もう公爵たちを家族と思うことはやめましょう。
あの人たちは、わたくしの家族ではなかった。
「……カミラさま、私、私は……」
「
そのために必要なことを、しないといけないわね。
とりあえず、マーセルを公爵家に帰して、わたくしはベッドに横になった。
天井を眺めながら、これからのことを考える。
一ヶ月後には学園のパーティーがある。そのときまでに、わたくしとマーセルでどれだけのことができるのかが問題ね。
わたくしは『カミラ』の身体に戻りたい。そして、この国から去りたい。もう二度と……あの人たちと関わりたくないから。
一つだけ残念だと思うのは、第一王女であるビアンカさまと会えなくなることね。
懐いてくれて可愛かったのよ。
「やることがたくさんあるわね」
マーセルが魔法を使えるようになれば、もう少しましな学園生活になるでしょうし。
一ヶ月のあいだに彼女、どれだけやつれるかしら? そんなことを考えるわたくしって、性格悪いなぁと思うのだけど。
いえ、性格が悪くてもいいわ。徹底的にやってあげましょう。
一ヶ月後のパーティーには保護者も参加するから、そのときにいろいろ追及していきましょう。その前に……自分の身体に戻りたいわ。
これからのことを考えていると、扉がノックされた。誰かしらとベッドから起き上がって、「どなた?」と
どうしてレグルスさまがここに? と思いながらも、扉を開ける。彼は真っ白なバラの花束を持って微笑んだ。
「白バラ……?」
「ああ。レディは花が好きかと思って」
「……ふふ」
差し出された白バラの花束を受け取って、わたくしはそっと花弁に顔を近付けて匂いを吸った。甘いバラの香りに表情を緩ませると、レグルスさまに向けて頭を下げる。
「ありがとうございます、レグルスさま。……もしかして、この花束を渡すために?」
「あー……それもあるんだが、うん、ちょっとしたデートのお誘いさ」
「えっ?」
思わず目を丸くする。デートのお誘い……? わたくしが困惑していると、彼はただ優しく目元を細めて手を差し出した。
「残念ながら、二人きりというわけではないけどな」
「どなたとご一緒ですの?」
「俺ときみ、クロエと傭兵学科からもうひとり」
傭兵学科から……? と目を
魔法を使って花瓶に水を注ぐと、いただいた花束の包装を取り、風魔法を使って少しだけ切ってからそっと花瓶に入れた。
花があるだけで、殺風景だった場所が温かみのある場所になったような気がするわ。
「お待たせしました。どちらに向かわれるのですか?」
「今日と明日は休日だろう? 王都を見て回ろうと思ってね」
「王都を?」
「ホテルはもう取ってあるんだ。事後承諾でごめん。クロエと同じ部屋にしたから」
「傭兵学科の方は男性ですの?」
こくりとうなずくのを見て、どんな人なのかしらと想像してみたけれど、傭兵学科の人たちってよくわからないのよね。
傭兵ってお金で動く兵士、という感覚なのだけど……
「そう。だから……うん、ダブルデートってことで」
ぱちんとウインクするレグルスさまに、わたくしは思わず笑ってしまった。しっかりとマーセルの部屋の扉の鍵をかけてから、彼と一緒に歩き出す。
「あの、昨日はありがとうございました」
「うん? なにが?」
「いろいろと」
昨日のことを思い出して、少しだけ気分が沈む。少しだけで済んだのは、レグルスさまのおかげだわ。
彼はわたくしが落ち着くまで待っていてくれたし、テキストやノートをきれいにしてくれた恩人でもある。
「俺が好きでしたことだから、気にしなくていいよ」
ふわりと微笑む姿が、とても格好良く見えた。
……マティス殿下のときはどうだったかしら。最初に出会ったときは、ただ単にこの人がわたくしの婚約者なのかと思ったくらいだった。
好きになろうという努力も、好きになってもらう努力も足りなかったのかもしれない。
「ところで、どうして王都に?」
「んー、楽しそうだから?」
そんなことを口にして、彼はわたくしを見た。
もしかして、わたくしを励ますために誘ってくれたのかしら。
一人でいると、気が滅入ると思って? それとも、ただ単に王都を見るために?
どちらにせよ、彼の気遣いだと思うから、なんだかくすぐったい気持ちになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます