昨日の話をマーセルにしたの。

 わたくしが話した内容に、マーセルは唖然あぜんとした表情を浮かべた。


 そして、ポロポロと涙を流す。


 公爵家の人たちが自分の本当の両親かもしれないと思えば、納得できる涙だわ。


 ぐすぐすと泣く姿を見て、わたくしは肩をすくめた。


「……そういえば、貴女あなた、魔法が使えなくなった原因を、お調べになりまして?」

「……いいえ。マティスさまが、きっとそのうち戻るだろうからって……」


 原因も調べていなかったのね。


 わたくしは思わず眉間をもみほぐすように親指と人差し指で摘んだ。


「……一ヶ月」

「え?」

「一ヶ月、あの家で耐えてちょうだい。そのあいだにわたくしが『マーセル』の評判を上げて、貴女とマティス殿下の婚約を認められるようにするわ。貴女は魔法が使えなくなった原因を探して。魔術師学科はそれこそ優秀な魔術師の先生がいるもの。貴女が力を貸してほしいと頼めば、先生も力を貸してくれるはずよ」


 完璧な公爵令嬢として過ごしてきたわたくしが、そのような振る舞いをすれば今までのような扱いは受けないはず。


 テキストもノートもきれいになったしね。


 マーセルはわたくしの言葉を聞いて、驚いたように目を大きく見開く。そして、決意を固めように表情を引き締めてうなずいた。


「私、カミラさまのようにきれいで優雅な人に、なりたかったんです」


 突然、そんなことを言われて目を丸くした。マーセルは膝を抱えるように身体を丸めて、「パーティーで数回、そのお姿を見ていました」と昔を懐かしむように言葉をこぼす。


 ……会ったこと、あったかしら?


 パーティーにはほぼ毎回参加していたけれど(マティスの婚約者として)、参加者全員の顔を覚えていたわけではないから……


「マティスさまと踊るカミラさまは、とてもきれいで……。ただ、マティスさまが笑っていないのが気になって……思えば、こんなにきれいな人が婚約者なのに、どうしてマティスさまは寂しそうなのかしらって……そんなことを、マティスさまに話しました」


「親同士が決めた婚約ですもの。……ああ、本来なら貴女がマティス殿下の婚約者なのよね」


 あの話が本当だとしたら、マティス殿下の隣に立つのはわたくしではなくマーセルだ。


 ゆっくりと息を吐いて、天井を見上げた。そんな理由でマティス殿下に近付いたのね。


 そして、彼はマーセルを選んだ。……これが惹かれ合うということなのかしら?


「マティス殿下はマーセルを選ぶでしょう。ただ、わたくしには貴女たちに対して、慰謝料を請求する権利があるわ」

「カミラさま……」

「当然、その覚悟があって、マティス殿下と付き合ったのでしょう?」


 天井を見つめていた瞳を、マーセルへ向ける。彼女は「あ……」とわかりやすく青ざめた。


 婚約を白紙にするのは決定事項。でも、慰謝料を請求してきちんと支払われるかどうかはわからないわね。


 陛下たちの思考が、まともであることを願うしかない。


「……ごめんなさい、私、わたし……ッ」


 自分がしたことを理解したのか、マーセルはわたくしに眉を下げて今にもこぼれ落ちそうな涙を浮かべた表情を見せた。謝られたところで、もう遅いのだけど。


 とにかく、マーセルにはマティス殿下の隣に立ってもらわないといけない。


「あとは、どうしてわたくしたちが取り替えられたのかを知りたいわ」


 男爵家と公爵家で、いったいなにがあったのかしら?


 出産はそれぞれの屋敷でするはずだから、取り違えられることはないはずなのよ。男爵家と公爵家で、なにかしら取引があったはず。


「どうして、そんなに冷静なんですか……?」

「気持ちの整理が多少ついたから、かしらね。あの家でわたくしは完璧な公爵令嬢でなければならなかった。それって、結構なストレスなのよ。貴女あなたの身体に入って、すごく楽なのよね。確かに嫌がらせはあるけれど……あまりにも、その……質が低すぎて……」


 特にダメージを受けないのよね。ちょっとした新鮮さもあったけど、絡んでくるのは令嬢だけだった。


 マティス殿下には詰め寄られないから、身近にいるマーセルに絡んできたのだと思う。


 婚約者を奪うような真似をしているし……あ、いいえ。真似ではなくて、奪ったのよね。


 陛下はまだ、この国の王太子を決めていない。それぞれの兄妹を見極めるつもりなのだろう。


 第一王子であるマティスが長男。第二王子、第一王女、第三王子と弟と妹がいる。


「カミラさまは、平気なんですか……?」


「そうね。質が低すぎる嫌がらせには、呆れるだけだわ」


 テキストやノートを使えなくしたり、嫌味を言ってきたり。マーセルのしていたことを考えると、それも妥当のような気はするけれどね。


「学園という狭い世界で、盛り上がっちゃったのかしら?」

「……ッ」

「貴女たちは、先にわたくしに話を通すべきだったのよ。好きな人がいるから、婚約を白紙にしてほしいって。わたくしに隠れてマティス殿下と付き合うようになったから、他の令嬢からの嫌がらせを受けるようになったのではなくて?」

「……違います」


 マーセルは弱々しく首を横に振り、うつむいて膝に額をつけた。ねたようなそんな姿に、眩暈めまいがするような気がした。だって、わたくしの姿でするんだもの。


 今までそんなことをしたことがなかったから、なんだかすごく複雑な気持ちだわ。

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