知りたくなかった真実。

「彼女は、公爵家の血を引いていない」

「それは、いったい……どういうこと、ですか……?」


 声が、震えた。そんなわたくしをどう思ったのか、マティス殿下は、ぎゅっと抱きしめてきた。落ち着かせるようにぽんぽんと背中を叩く。


「私も一応、婚約者のことをきちんと理解しようと思ってね。調べたんだ。その結果、昔……それこそ、生まれて間もなく、男爵家と公爵家の子どもが入れ替わったという事実が出てね。そう、マーセル、きみだよ。……きみこそが、本当の公爵令嬢だったんだ」


 わたくしが……公爵家の血を引いていない……?


「どうして入れ替わったのかはわからないが、カミラは本来マーセルが受ける恩恵を与えられていたんだ。きみがショックを受けるのもわかるよ。悔しいよね、カミラのことが憎いだろう? だから、待っていてほしい。カミラを地に落とす日を。そして、本来の婚約者であるきみを、めとる日を」


 マティス殿下が、毒のような言葉を口にした。


 わたくしは呆然として力が抜け、身体がふらついた。三人が心配そうに見ていることに気付いたけれど、カタカタと震えることしかできない。


「こ、公爵家の方は、そのことをご存知なのですか……?」

「ああ、知っているとも。血が繋がっていないからこそ、カミラを完璧な公爵令嬢に仕立て上げようとしているんだ」


 だからなの?


 だから、わたくしは家族に愛されていなかったの?


 カタカタと震えるわたくしに、マティス殿下がぽんぽんと背中を叩く。クロエがそれを見て、一度大きく息を吸い込んでから、彼の腕を掴む。


「いけませんわ、殿下! 殿下の健康診断のお時間を忘れていました! それでは、私と殿下はこれで!」


 ぐいぐいと引っ張っていかれるマティス殿下。彼は、「おい、なんだそれは!」と声を荒げながらも、屋上から姿を消す。


 扉が閉まる音が聞こえて、わたくしはただ呆然とするしかなかった。――そして、出てきたのは、笑いだった。


「ふっ、は、ぁ、あはははハハッ!」


 ずるずるとしゃがみ込んで、髪の毛をくしゃりと握りしめ、自分をあざけるように笑う。


 レグルスさまが、わたくしの前にしゃがみ込み、そっとハンカチを使って目元を拭った。


「わ、わたくし、バカみたい……!」


 愛されたくて努力して、ずっと一位をキープしていたのに……わたくしの努力は、いったいなんだったの?


 マティス殿下の言葉は、本当だと感じた。だって、そうじゃないと説明がつかないじゃない。


 血の繋がりがないから、家族はわたくしをないがしろにしたと――とても説得力のある言葉じゃない!


 身体が震える。どうすればいいのかが、わからなかった。


 いつも冷たい目で見られていた。誰も、わたくしのことを気にかけはしない――……


「ただ、認めてもらいたかった、だけなのに……!」


 震えが止まらない。今までの努力がすべて、無駄なことのように感じた。


 そんなわたくしを、レグルスさまがそっと抱きしめる。そして、慰めるようにぽんぽんと優しく背中を叩く。


 マティス殿下と同じ動きなのに、どうして、こんなにも――……温かさを感じるのだろう。


「俺が認める。俺が、きみのことを愛する。――それでは、足りない?」


 そっと身体を離して、レグルスさまはわたくしを見た。じっと見つめられて、歪んだ視界がさらに歪む。


 手を伸ばしてわたくしの目元の涙をぬぐい、そっと頬に触れた。


「俺がきみに惹かれたのは、公爵令嬢だからではない。真っ直ぐに背筋を伸ばして、己の道を切り開こうとする姿に惹かれたんだ。だからどうか――俺がきみを愛することを、許してほしい」

「――……わたくし、地に落ちますのよ?」

「……きみは、どうなりたい?」


 わたくしが、どうなりたいか? ……わたくしの、本当の願い。ぎゅっと胸元で拳を握りしめて願うのは――……


「愛されたい……!」


 ずっと、ずっと……家族からの愛も、婚約者からの愛も感じたことがなかった。


 ただの便利な道具のようなもので、いてもいなくても、誰も困らない存在。それがわたくしだった。ポロポロと涙を流しながら、そう懇願こんがんする。


「ずっと、ずっと……誰かに愛されたかったの……ッ」

「約束する。俺がきみのことをずっと愛するって。ずっとそばにいるから……いつか、俺のことも愛して?」


 物心ついたときから、家族はわたくしに冷たかった。一人だけ、公爵家の顔じゃないと言われ続けてきた。髪色も、面立ちも、瞳の色も……どこを見ても、公爵家の人間ではない、と。


 両親に会うことも、兄に会うことも少なかった。兄は、わたくしのことを汚らわしいものを見るような目で、いつも睨んでいた。優しくしてくれたのは、侍女だけ。


 家族ではないから、そういう扱いを受けていたの?


 もしも、もしも本来のマーセルとして、男爵家で育っていたら、わたくしは家族に愛されていたの?


「……わたくしを、望んでくださるの?」

「そう言っているだろう? カミラ嬢なら大歓迎だ。それに、リンブルグは良い国だよ。暖かいし、食べ物は美味しいし、俺の両親はきっときみのことを気に入って可愛がると思う。妃になるということは、俺と一緒に国を背負ってもらうことになるけどね」


 もう一度ハンカチでわたくしの目元を拭い、レグルスさまは立ち上がった。


 すっとわたくしに手を差し伸べるのを見て、震える手で彼の手を取り、立ち上がる。


「取り乱してしまい、申し訳ありません」

「いいや。可愛い姿が見られたよ。次に泣くときは、カミラ嬢の姿で……うれし涙なことを願おう」

「ふふ、なんですか、それは」


 明るい口調のレグルスさまに、わたくしの心が楽になったような気がする。手を離して、彼に頭を下げてから顔を上げて微笑む。


「わたくしを望んでくださってありがとうございます。『カミラ』に戻ったあと、あなたのもとへ参ります」


 わたくしの言葉に、レグルスさまは嬉しそうに破顔した。

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