心配をかけてしまったみたい。
「……マティス殿下は、それに気付いていたの?」
「……はい。ですが、『マーセル』に介入しないでほしいとお願いされたようです」
介入しないでほしいと、伝えていたのね。
マティス殿下が関わったら、火に油を注ぐ真似でしょうしね。それはもう、嫌がらせが酷くなるだけだと思うわ。
「それをマティス殿下は、『自分の隣に立つため』と思っているようです」
「あながち、間違いではないのでは?」
マーセルがマティス殿下の隣に立ち続けるには、嫌がらせを受けても動じない鋼の心が必要になるでしょうし。……それにしても、どうして使えていた魔法が使えなくなったのかしらね。
入れ替わったわたくしが『マーセル』の身体で魔法が使えることも、『カミラ』の身体でマーセルが使えないことも不可解だわ。
「嫌がらせに関しては、わたくしがなんとかするわ。まったく、この国の貴族なら、嫌がらせではなく一騎打ちをするくらいの気概がなければならないのに」
「カミラさま……」
立ち上がって次の授業に向かおうとすると、クロエがわたくしの手を取る。どうしたのかと思い彼女に視線を落とすと、弱々しく眉を下げているのが見えた。
「本当によろしいのですか? このままではカミラさまの評判が落ちてしまいます」
「構わないわ。わたくしの評判は落ちてほしいもの」
評判が地に落ちて、家族全員がわたくしを
マーセルと身体が入れ替わって、こんなにも心が穏やかになるなんて……。自分でも思っていた以上に、あの家のことはストレスになっていたみたい。
「地に落ちたあとは……どうなさるんですか?」
「そうね、旅行でもしようかしら。国外に出て働くのも、良いわよね」
公爵家の令嬢がそんなことをしたら、公爵家の評判がどうなるのか……少し興味があるわ。
でも、その前にきちんと元に戻らなきゃいけないわよね。そのあと、マティス殿下とマーセルに慰謝料を請求して、もらったお金で公爵家から出ていくの。
運命に振り回されるのはごめんだわ。
「ありがとう、クロエ。わたくしの心配をしてくれたのね?」
「……私は……私は、カミラさまに幸せになってほしいと、願っています」
「……ありがとう。そう言ってくれて嬉しいわ」
あまり話したことのない人だったけれど、こうして話すととても良い人だと思う。
彼女もいろいろ苦労してきたことを知っているから、余計にそう思うのかもしれないわね。
女性というだけで医者の仲間から白い目で見られていたことも、知っている。だからこそ、マティス殿下は彼女をマーセルのもとに行かせたのかもしれないわよね。
似たような経験をしているから、共感できるんじゃないかって。
それにしてもわたくし、なんだか他人事のように考えているわね……。まだ、この入れ替わり状況に実感が湧いていないのかも。
とりあえず、授業が始まっちゃうから、教室に戻ることにした。
花壇の前でわたくしたちは別れた。クロエはきっと、マティス殿下にうまいことを言ってくれるでしょう。
――『わたくし』を心配してくれる人がいるって、なんだかすごく嬉しいわ。
心が温かくなるのを感じて、わたくしは小さく笑みを浮かべた。
次の授業は歴史だった。召使学科とはいえ、こういう教科は普通にあるのよね。主人以上に詳しくしないといけないときもある、ということかしら?
「それでは、千十二年、ホーマ地方であった内乱は何年続いたでしょうか?」
あら、今ここをやっているのね。懐かしいわ。
千十二年、ホーマ地方の内乱は五十年も続いた。その間に犠牲になった人は五百人。だけど、その五百人の中に、首謀者と貴族も入っている。
貴族が悪政を行い、耐えきれなくなった領民が起こした内乱だ。結局、その地は誰も住めないくらい枯れた土地になってしまった。
その首謀者の息子が初代陛下と言われているのよね。本当かどうかはわからないけれど……歴史はよく捻じ曲げられるから。
貴族は領地と領民を守る。平民は税金を支払うことで、
……というか、どうして誰も答えないの? 知らないわけではないのでしょうけれど、先生が指名しないから?
「ええと、教科書に書いてありますよ? わかりますよね?」
「先生、指名していただかないと答えにくいですわ」
「あ、そうですね。では、マーセルさん、答えをどうぞ」
思わず先生に声をかけてしまった。歴史の先生は今年入ってきたばかりだから、こちらもフォローしないと。
わたくしが答えると、ざわっと一瞬騒がしくなった。それもそうでしょうね。マーセルのテキストは読めないほどに汚されているのだから……家庭教師に教えられていたから、答えることができた。
「はい、正解です。ホーマ地方は人の手が入らなくなり、住んでいた人たちはそれぞれ移住しました。現在ではホーマ地方は呪われているとか、魔物の生息地とか言われています」
人が生きることができない土地に、魔物は生息できるのかと問われると、謎は残るわよね。それにしても、本当にテキストが読めないわ。
これだけの嫌がらせを受けながらも、マーセルは戦う道を選んだ、ということ?
マティス殿下に庇ってもらえば、白い目で見られるでしょう。
もしかして、マーセルは本当に……マティス殿下のことを好きになったの?
だからこそ、この嫌がらせを甘んじて受けていたのかしら?
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