クロエに『マーセル』の様子を聞いたの。

◆◆◆


 翌朝、昨日のように部屋を掃除してから食堂に向かう。


 朝食をいただいていると、ひそひそと噂話が聞こえたわ。『カミラ』が失敗したという話ばかり耳に届いた。


 あらあら、やっぱり。まぁ、この調子でわたくしの評価を落としてくれるのなら、婚約を白紙にしやすくなるでしょう。……問題は、お母さまがどう行動するか……よね。


 わたくしを自由にするか、もしくは、躾と称して閉じ込めるのか、この二択だと思うわ。


「体調でも崩していたのかしら……?」

「魔法が全然使えなかったそうよ」

「まぁ、あのカミラさまが……?」


 いったいどんな失敗をしたのかが気になるところね。


 というか、昨日学園に登校できたのね。学科が違うとあまり会わないのよねぇ。なぜなら、この学園、きれいに西棟と東棟で学科が分けられているから。


 西棟が召使学科と傭兵学科。東棟が騎士学科と魔術師学科。


 そして、週に数回、騎士学科と召使学科はダンスのレッスンがある。


 確か、今日だったわね。いつもマティス殿下とマーセルが組んでいたらしい。彼と踊りたい令嬢は大勢いたようだけど、マーセルとばかり踊っていたという噂は知っている。


 そういう噂って、あっという間に広がっていくのよね。


 今日もそうなのかしら?


 令嬢も令息も、ダンスはたしなみ。……マーセルがマティス殿下の足を踏んだと聞いたことがあるわね。わたくしも踏んじゃおうかしら。


 なんて考えつつ、今日も美味しく食事をいただいた。やっぱり美味しい。昨日と同じように食器を下げ、声をかけてから教室に向かう。


 召使学科楽しいわぁ……。きっと、わたくしの性分に合っているんだわ。


 ……あら?


「ごきげんよう、クロエさま」

「カミ……いえ、ごきげんよう、マーセル嬢」


 廊下を歩いていると、クロエに会った。授業にはまだ早いし、少し聞きたいことがあったから、少し彼女の時間をいただくことにした。人気のない場所へ足を進め、ぴたりと足を止める。


「クロエ、『マーセル』が昨日なにをしたのか知っていて?」

「……なんというか、その、すごかったです」

「どうすごかったのか、教えていただける?」


 わたくしは『マーセル』のことを知らない。だからこそ、昨日彼女がどんな行動をしたのかもわからない。


 知っているといえば、プラチナブロンドでサファイアのような瞳を持っていることくらい。そして、マティス殿下の恋人であるということ。


 クロエは、とてもしぶしぶとした表情で教えてくれた。


 昨日、魔法が使えなくて慌てた『マーセル』は、体調不良だと嘘をついて授業を見学した。どうやら、わたくしの身体でも魔法が使えないみたいね。不思議だわ。


 魔力はこの国のすべての人が持っているのに……低すぎて使えないのか、高すぎて使えないのか、どちらなのかしらね。


「ベネット公爵夫人が、大変お怒りになられて……」


 きっと先生から連絡がいったのね。


 お母さまは、わたくしを隙のない完璧な公爵令嬢にしようと奮闘していた方だから……。隙のない人間なんて、いないと思うのだけど。


 息が詰まるような生活だったから、わたくし、この状況を楽しんでいるのよね。


「お母さまは……」

「……ええ」


 その一言だけですべてを悟ることができる。


 お母さまは『マーセル』を閉じ込めたみたいね。今日はきっと学園に登校できないでしょう。


 あの部屋に入ると、お母さまの機嫌が直るか、言われたことをすべて終わらせないと出られないから。


「『マーセル』が泣いていました。こんなの聞いていないって。あと、婚約を白紙にする話は却下されたそうです」

「でしょうね」


 生まれる前からの婚約だ。そう簡単にくつがえるものではないでしょう。


 でも、がんばりなさい、『マーセル』。貴女あなたの評判はわたくしが上げるから、マティス殿下とベネット公爵家から、わたくしを解放してちょうだい。


「それにしても、良く知っていたわね」

「……昨日、マティス殿下に言われて、ベネット邸まで行きましたから」

「そうだったの。……ねえ、クロエ。このトレードは、いつ終わるかしら?」

「それは、なんとも言えません……」


 そうよね。わたくしにだってわからない。とりあえず、マーセルの評判を上げるために、凛としたたたずまいで過ごしましょう。


「……カミラさま。カミラさまは、なにか……夢があるのでしょうか?」

「あら、いきなりどうしたの?」

「……いえ、考えてみれば、カミラさまのことを『マティス殿下の婚約者』であることしか知らないと気付きまして。こういうのもなんですが、知りたいんです。カミラさま自身のことを」

「ふふ、わたくしに興味を持ってくれたのは、クロエで二人目ね」


 一人目はレグルスさまだ。彼はわたくしに興味を持ったというよりは、この状況に興味を抱いたようだったけれど。


「クロエ、今日の放課後は時間があるかしら?」

「え、ええ。あります」

「なら、少し付き合ってくださらない?」


 クロエに放課後、レグルスさまと話すことを伝えると、彼女は神妙な面持ちでうなずいた。


 騎士学科でありながら、レグルスさまは魔術師として素質を持っているのだと思う。


 わたくしたちの国でいう『魔術師』とは、主に戦闘面でのこと。生活魔法は誰でも使えるしね。おそらく、『マーセル』以外。


 入れ替わっただけで、魔法が使えなくなるのって不思議よね。


「あ、そろそろ授業が始まりますね」

「そうね、ありがとう、クロエ。話し相手になってくれて」

「いいえ、カミラさま。それでは、放課後に」


 すっと頭を下げてから、クロエは歩いていった。


 わたくしも授業が始まる前に教室に向かう。鐘の音が、授業開始五分前を教えてくれた。


 今日の授業……ダンスレッスン。マティス殿下と踊ることになるのかしら。できれば、彼には他の人とも踊ってもらいたい。第一王子なのだし……『マーセル』だけを贔屓ひいきするのは良くないし、ね。


 ぼんやりと考えながらホールに足を踏み入れる。身体を動かすことは嫌いじゃないから、ダンスレッスンはちょっと楽しみでもあるのよ。

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