授業には問題なくついていけそう。
その後、数々の授業を受けたけれど問題なかったわ。召使の授業って思っていたよりも楽しかったわ。魔術師の授業よりは専門的なこともないしね。
掃除やお茶の
「マーセル、それだけの実力を、今まで隠していたんですか?」
敬語だけど、棘のある言葉をクラスメイトに投げられた。しん、と静まり返った教室の中で、彼女の声はよく響き渡り、他の人たちもこちらを注目している。
「魔法も使えないフリをして……楽しかったですか? わたくしたちがあなたを見下しているのを知って、反抗しようと?」
「……それは、
呆れたように彼女を見れば、カッと顔を紅潮させて手を上げる。それを止めたのは、一人の少女だった。厳しい表情で彼女を見ている。……止めたのは、わたくしのためではなさそうね。
「見苦しい真似はおやめになって。今日のマーセルが本当に実力を隠していたのかどうか、あとでわかることですわ」
……マーセルとのトレード期間が終わったらどうなるのかしらね?
そのうち自分の身体に戻るとは思うのだけど……なかなか快適だから、わたくしはこのままでも構わないわ。マティス殿下の存在を除けば。
すべての授業を終えてわたくしが放課後、図書室に向かおうとすると声をかけられた。
――マティス殿下に。
みんなの視線が痛いわ。彼は王族だから注目を集めることに慣れているのよね。わたくしも公爵家の令嬢だから、見られることには慣れている。慣れてはいるの……でも、こういうのってあまり好きではないわ。
「マーセル、今日の放課後は……」
「申し訳ありません、マティス殿下。わたくし、図書室に行こうと思いますの。授業の復習をしたくて……」
心底申し訳なさそうに眉を下げて微笑んでみせると、彼は残念そうにしゅんとして「そうか……」とつぶやいた。
ぺこりと頭を下げてから、足早に図書室に向かう。
ふぅ。周りはわたくしがマティス殿下の誘いを断ったからざわついていた。きっと、『マーセル』がマティス殿下の誘いを断ることはなかったんでしょうね。
図書室に入り、今日の授業の復習をした。必要そうな資料を集めて予習もする。マーセルは魔法が使えなかったのに、どうして彼女の身体に入ったわたくしは使えるのかしら? それについての資料も探してみたけれど、あまり参考になりそうな本はなかった。
「あら、これは珍しいことがあること。あなたが図書室で勉強をしているなんて。殿下に
とある女学生がわたくしに……というか、マーセルに声をかけてきた。顔を上げると、意地悪そうに目元を吊り上げて、口角を上げる。
「図書室で私語は厳禁ですわよ」
彼女は確か伯爵家の令嬢。男爵家の令嬢であるマーセルよりも身分は上だから、無視をするわけにもいかないので、それだけ口にした。
すると、そのことにイラついたのか、バンっと大きな音を立てて机を叩き「なんですの、その態度は!」と声を荒げる。
図書室にいる人たちが、迷惑そうにわたくしたちを見る。これでは、静かに勉強ができないものね。
「おいおい、なんの騒ぎだ?」
「あ……いえ。ただこの者が生意気なことを言うので、正して差しあげようと」
割って入ってきたのは、恐らく図書室の当番。どこかで見た覚えがあるのだけど……どこだったかしら。
褐色の肌に薄い金髪……深海を思わせる青色の瞳。そういえば、騎士学科には留学生がいると話題になっていた。
「……ん? なんかずいぶん面白いことになってないか、きみ」
「あら、わかりまして?」
すぅっと目元を細めてわたくしを見る彼は、面白いものを見つけたかのように微笑む。
「な、なんなんですの!」
「はーい、図書室は静かにお使いくださーい」
彼はわたくしに絡んできた伯爵家の令嬢を、図書室から追い出す。
わたくしは立ち上がり、「お騒がせしました、申し訳ありません」と謝った。その姿を見て、図書室にいた人たちは、興味を失ったかのように顔をそらす。……当然の反応よね。
読んでいた本を本棚に戻して、図書室から出ていこうとすると、戻ってきた彼に呼び止められた。
「なあ、ちょっと話せないか?」
「あなたは当番でしょう?」
「じゃあ、明日にでも。俺は騎士学科のレグルス。きみは?」
「……マーセル」
「それじゃあ、マーセル。また明日」
ぱちんとウインクをして、レグルスさまは手を振った。
レグルス……どこかで聞いた名前だわ。どこだったかしら。
図書室をあとにして、自室に戻り制服を脱いでハンガーにかける。部屋着に着替えてベッドに座り、彼のことを思い出そうと目を閉じて腕を組む。
レグルス、レグルス、レグルス……。……あ。
この国からかなり南の国、リンブルグの王太子。『カミラ』も一度だけ会ったことがある。そう、確か数年前に……ふふ、懐かしいわね。
思わず笑みを浮かべると、なんだか一気に疲れたわ。
マーセルがここまで嫌われているとは思わなかった。学科が違うと会うこともないし、こんなふうにトレードされない限り、知ることはなかったと思う。
……彼女、今日、学園に登校できたのかしらね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます