授業を受けるわ。

 さて、満足するくらい掃除をしていると、いつの間にか朝食の時間になったわ。


 食堂に向かえば良いのよね。普段はベネット邸からこの学園に通っていたから、なんだか新鮮ね。


 食堂まで足を進め、並んでいる人たちの後ろに立ち、自分の番がくるのを待つ。


 朝食を受け取って辺りを見渡すと、他の人たちがこちらを見ていることに気付く。ひそひそと話されているみたいで、良い気分ではない。マーセルは、この状況をどう思っているのかしらね。


 あまり人のいない場所に座って、朝食のロールパンを一口サイズにちぎり、ぱくりと食べる。


 普段、食堂って使わないから……なんだか不思議な感じだわ。コンソメスープを飲んでゆっくりと息を吐く。……ああ、こんなに緊張しない食事って、初めてかもしれない。


 そして、そんな中。わたくしを見てひそひそと話している人たちが視界に入る。


 注目されるのは、慣れているから気にならないのだけど……せっかくこんなに美味しいのだから、みんなも味わって食べれば良いのに。


 食堂の食事がこんなに美味しかったなんて、知らなかったわ。すべて美味しくいただいて、トレーを持って返却する。わたくしは思わず、食堂の方に話しかけた。


「ごちそうさまでした。とても美味しくいただきましたわ」

「あ、ありがとうございます……?」


 目を丸くしている彼女たちに軽く会釈をしてから、わたくしは一度部屋に戻った。干していた毛布を取り込み、あのあまり意味をなさないテキストとノートを持って、マーセルが授業を受けている教室へ足を進める。


 一応、この学園内のことは頭に入れているから、迷うことなく辿りつけた。


 教室の扉を開くのと同時になにかが飛んできたので、思わず魔法を使って防いでしまった。マーセルの身体だけど、自分の思った通りに魔法は使えるみたいで安心だわ。


「……!」


 教室にいる人たちが、驚いたように目を大きく見開いて言葉をんだ。わたくしは辺りを見渡して、マーセルの席を探す。


 ……とってもわかりやすかったわ。すっごく汚れていたから。小さく息を吐いて、机をきれいにした。魔法を使ってきれいにするのは、あまり好きではないけれど、このままの状況では授業を受けられない。


 椅子に視線を落とすと、椅子にもべったりとインクが塗られていた。マーセルが持っている制服は今着ている制服一着のみ。


 つまり、制服を汚して授業に出られないように仕向けているってわけね。


 ニヤニヤとしている人たちが見えて、そっと頬に手を添えて小さく息を吐いた。そして、本当にあわれんだ声でつぶやく。


「……可哀想な人たちね」

「な、な……!」

「こんな幼稚なことをして。自分たちの品性を落とす行為だということを、理解していないのでしょう? この国の民でありながら……なげかわしいわ」


 椅子もきれいにして、すとんと座る。それと同時に先生が入ってきた。


「おはようございます。本日も一日がんばりましょう……あら、マーセルさんがこの時間からいるのは珍しいですね」

「おはようございます。ええ、今日は掃除が間に合いましたので」


 掃除? ときょとんとした表情を浮かべる先生に、わたくしはにこりと微笑んでみせた。ちらりと先程までにやにやしていた人に視線を巡らせると、ちょっと顔から血の気が引いていた。……そんなに青ざめるなら、最初からやらなければ良いのにね。


 それにしても、どうしてこんなに幼稚なことをしていたのかしら?


 教室に一歩踏み込めば、なにかが飛んできて……きっとそれも、制服を汚すためのものだったのでしょう。制服の汚れを落とすために、彼女は授業に遅れていたのね、おそらく。


「それでは、授業を始めます」


 先生がパンパンと両手を叩き、授業が始まった。


 召使の授業って、どんな感じなのかしら?


 いつもわたくしに仕えてくれていた侍女のことを思い出して、真剣に授業を受ける。


 ――思っていた以上に、楽しい授業だったわ。満足感がすごい。


 召使と一言でまとめても、いろいろなタイプがあるのね。


「次は実技です。美味しい紅茶をれてみてください」


 紅茶の淹れ方……いつも、侍女が淹れるように淹れたら良いのかしら?


 人数も人数だから、わたくしの番がくるまで結構かかりそうね。


 その予想通り、わたくしの番は最後だった。こそこそと笑うような声が耳に届く。


「では、最後にマーセルさん、お願いします」


 先生に声をかけられ、立ち上がる。


 歩いている途中、くすくすと嘲笑あざわらうような声が聞こえた。


 いつも侍女が淹れてくれるお茶の淹れ方を思い出しながら、お茶を淹れてみようとして気付く。茶葉に対して、お湯の量がかなり少なりそうということに。


「先生」

「なんでしょうか?」

「お湯が足りないので、足してもよろしいですか?」


 先生は目を丸くして、わたくしの手元を覗き込んでくる。そして、「おかしいですね……?」と口にした。


 あれだけたっぷりの量を用意していたはずなのに、と小声でつぶやいていた。誰かが間違えしまったのか、それとも、ただ単にマーセルへの嫌がらせなのか。


「魔法で足しても?」

「え? ですが、マーセルさん……あなた、魔法が使えないのでは……?」

「大丈夫です」


 すっと水を作り上げて、次に熱する。沸いたらポットの中に入れた。この程度の魔法なら、誰でも使えるはずだけど……マーセルは使えなかったのかしら?


 だとしたら、『カミラ』の身体に入ったマーセルは、魔法が使えるのかしら? 今日の予定は実技だから……どうなったのか気になるわね。


 いえ、それよりも……ちゃんと学園に登校できたのかも気になるわ。


 あ、いけない。紅茶を淹れるんだったわね。侍女の淹れ方を思い出しながら淹れたら、そここそ上手にできた。


 お茶の味も先生に好評だったから、もしかしたらわたくし、召使に向いているのかもしれないわね、と思わず口角を上げる。


 ――こうして、なんとかその日の授業を乗り切った。

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