第18話 調査

 昨日のアリサの様子では、今までと違う対応をされたらどうしようと心配していたが、メアリーさんは「寝たら治るわ」と言っていた。確かに今までも、何か嫌なことがあっても、ほとんど次の日には何事もなかったように過ごしていた。ただ、ダエルのことは最近ずっと気に悩んでいたし、何よりもメアリーさんと直々にお話ししなければならなかった昨日のことだ。流石のアリサでも寝るだけでは立ち直れないのではないかと思った。


「フィルー! これはあっちに戻しといてって言ったでしょ!」


「あ、忘れてた! アリサ、やっといて」


「嫌だね! フィルの仕事でしょ! アリサはヘレンのお手伝いしてんの!」


「こっちも手放せないんだよ! わっ! ちょっ! め、メアリーさん! この火、どうやって止めるんっすか!」


 結局それは杞憂に終わった。朝起きたばかりのアリサは少し落ち込んでいたようにも見えたが、いつも通り挨拶してやると、安心しきった顔になっていた。メアリーさんはアリサになんと言ったのかわからないが、いつも通りのアリサに戻って、本当に良かった。


「ねえねえ、お姉さん! お姉さんはなんか知らないの?」


 ルイスは相変わらずの口調で客に話しかける。ルイスとレオンはただ、「アセビ」に協力してもらうのでなく、店員として、営業を手伝うと言った。二人とも、こんな仕事ができるような感じではないと思っていたのに、随分と手慣れていた。


「この料理ってあのテーブル?」


「そうだ」


「これは?」


「……あっち」


 それでもレオンは私にあれこれと聞いてくる。気のせいだろうか。アリサやメアリーさんに任された仕事もわざわざ私に聞いてくる気がする。


 この男にメアリーさんが仕えていたというのは、想像ができない。私も昔はメイドが付いていた身分だ。必要最低限しか話していなかったし、もうどんな顔をしていたのかすら覚えていないが、もしメアリーさんが私付きのメイドだったら、どうだったのだろう。もっと楽だっただろうか。もしかしたらもっといい選択ができていたのかもしれない。不意にレオンが羨ましいと思った。早くにメアリーさんに出会った彼はきっと、私よりも幸せだったに違いない。


「僕の顔になんかついてる?」


「……? 私に言っているのか?」


「そう」


「……何も」


「……昨日みたいに聞いてこないのか?」


「何を?」


「僕たちが何調べているかだよ」


「……ルイスの声が大きいからな」


 ルイスはレオンと比べたら、あまり手伝いをしていない。調査とやらに熱心で、店中を歩き回っては、客に話しかけている。それも随分と大きな声をしているから、朝から何度も繰り返されているその内容を私も知るようになった。


 この平穏に見える街で最近、失踪事件が多発しているのだそう。だが、失踪とは言ったものの、数日後にはまた虚ろな目をして、戻ってくる。そして、急に意識を失い、起きた時には何も覚えていない。皆本当にふらっと消えてしまったというのに、被害者たちはまるで何もなかったようなのだそう。少女から青年まで、規則性がないように思われたその被害者たちには、ある共通点がある。それは皆、長い髪をしているということ。失踪してから戻ってくると、髪の毛はバッサリなくなっている。


 レオンたちの調べによると第一件目はある女性だと思われる。昔から近所でも有名な美少女で、若いながらに最近結婚をし、順風満帆な生活を迎えようとしていた女性だ。そんな矢先に、いつも通りの朝を迎えようとしたら、彼女は消えていた。最初はただ彼女がどこかに出かけたのかと思って、誰も気に留めていなかった。しかし、夜になっても帰って来ないため、ようやく街中を探し始めたら、どこにもいないのだそう。皆不安に駆られていたところ、二日後にふらっとまた家に戻っていた。発見された時にはもう意識を失っていたが、外見に目立った怪我はなかった。ただ長年残していた自慢の黒髪だけがバッサリ切られていた。


 その後も、三件全く同じような事件が起きている。レオンたちは彼らのところにはもう訪ねたのだそうだが、被害者本人、家族、近所の人に聞いても何も成果はなかった。私がここまで詳しく聞こえているのだから、アリサも当然わかっている。ルイスの話を聞いては自身と私の髪を見比べては、心配そうな顔している。


「そのことなら、オレ知ってるぜ!」


「そうそう! オレもオレも!」


「噂によると、……あの女、外にも男がいたんだって!」


「結婚も嫌々だったそうでな! あの日はちょうど駆け落ちしようとしてたんじゃねえかって言われてるんだよ!」


「そんでそんで、その男がな! これまた嘘つき野郎で! 狙いは女の髪の毛で、高く売っちまおうって算段だったってわけよ!」


「女は、何も覚えてないっていうけど、ありゃあ絶対嘘ついてるぜ」


「事実言ったら、自分が困っちまうからよお!」


 噂だけでここまで捏造されるなんて、あの女性も可哀想なものだ。ルイスもその説には信憑性がないように思ったのか、また繰り返して問う。


「ふーん。でもその後の三件は?」


「同じだよ! 全員あの男がやったに決まってる!」


「髪の毛を売るよりも、被害者の財布盗んだ方が良かったんじゃないの? だって三件目の女の子ってさ、結構お金持ちだったらしいじゃん?」


「そらあ、知らねえよ。髪フェチだったんじゃねえの?」


 あまりにもふざけた答えが返ってきたルイスは彼らから情報を得るのを諦めた。また違うテーブルに言って、事件の成り行きを最初から話し始める。


「犯人が髪フェチだったっていうのは、もしかしたらそうかもね」


「……本当に言ってるのか?」


「可能性としては消しきれない。被害者たちは皆、綺麗な髪をしていたそうだよ」


「……私を見ないでくれ。その言葉に呪われそうだ」


「アリサだっけ? あの子も綺麗な髪してるからね。気をつけないと」


「……」


 どうやらアリサとレオンはどうしても私が失踪しそうだと信じて疑わない。アリサと私の髪の毛は今までの被害者に引けを取らない長さをしている。それにアリサの執念で、私の髪は随分と念入りに手入れされてきた。もし犯人が髪フェチだという以外に、理由なく犯行を続けているのなら、確かに危ない立場にいるのかもしれない。


「……それで、ヘレンはなんか知らない?」


「どうして、私が知っていると思うんだ」


「……心当たり、ない?」


「……」


 心当たりならある。だが、まだ陸に来てから誰にも話いない秘密を、どうしてこの知り合って間もない人たちに教えなければならないのだ。狙いはただの髪だけではない。髪フェチだからという理由でもない。被害者はせいぜいあと、二人ぐらいだろう。でも私とアリサが狙われることは絶対にない。それだけがわかっていれば、この人たちに協力する必要なんて、私にはないのだ。

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